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SAMMY'S GOLF CO.,LTD.
Bangkok Studio
3FL, 593/13-14 Soi Sukhumvit 33/1, Sukhumvit Road., Klongtan-Nua, Wattana Bangkok 10110
MOBILE: 087-906-7272 (日本語)
FAX: 02-259-2662
URL: www.sammygolf.com
E-mail: sammy@sammygolf.com
Open: 12:00~20:00 (月曜定休)

打ちっぱなし(内輪話)

幸運・不運+失恋=?

109回全米オープンは伏兵のルーカス・グローバーが優勝しました。勝利インタビューでは「僕に流れが向いていたのかも」 と勝因を述べています。PGAツアーではわずか1勝(2005年・フナイクラシック)のみで、今回の全米オープンも、久しぶりに復活したデビッド・デュバ ル同様に、タイガーが優勝したザ・メモリアルの翌日に開催されたコロンバスでの予選会を突破しての出場でした。1960年以降、予選会から出場した選手が 優勝するのは5人目で、2005年のマイケル・キャンベル以来の快挙となりました。ルーカス・グローバーが優勝でき、無名の若手が上位にひしめき、期待薄 だと思っていた矢野東が、一時4位まで上がってきた「流れ」とは、初日のスタート時間の恩恵のことだと思います。

全米オープンがプレーオフではなく月曜まで持ち越されたのは、1983年大会以来のことでした。土曜までずれ込んだ予選ラウンドのプレーが進行していたと き、上位陣を示すリーダーボードに変動がなかったのは、その時プレーしていた選手達がタイガー・ウッズや今田竜二を含む「木曜午前スタート組」だったから です。彼らは初日の雨がとても激しく、最悪なコンディションの中ハーフを回り、スコアを伸ばすことができなかったのです。逆に、その段階でリーダーボード の上段を占めていた選手たちは、木曜にはまったくプレーせず、晴天に恵まれた金曜に1.5ラウンドをプレーした選手達でした。晴天でスコアを伸ばし、予選 ラウンドで上位につけることができたわけで、彼らは天候に恵まれた「幸運な選手達」でした。逆にタイガーや今田は、いわば「不運な選手達」で、スタート時 間の違いがはっきり順位に表れたUSオープンでした。今田は「それは言ってもしょーがないことです、これだけ雨が降って荒れたコースを、ここまで整備した USGAがすごい」と、予選落ちした直後でも、優等生のコメントを残しコースを去りました。

「不運組」タイガーの初日のスコアは74でした。「幸運組」から優勝のルーカス・グローバーと2位タイフィニッシュのフィル・ミケルソンは69とタイガー との差は5打、同じく「幸運組」から2位タイフィニッシュのデビッド・デュバル、リッキー・バーンズは67と初日で7打も差が開いてしまっては文句もつけ たくなるでしょう。タイガーは今田とは対照的に、インタビューで苛立ちを発散させました。「ボールに泥がついたまま打たなくてはならないショットが4回も あった。グリーンがでこぼこなので、カップをオーバーさせたくないけど、グリーンが遅いので強く打たざるを得ない、でも状態が悪いのでオーバーすると返し が難しくなる」などと、不平不満ばかり。最後には「いつもの全米オープンとは違う、今年の全米オープンはレギュラーツアーに近い」なんてことまでコメント してしまったのです。不満を口にしながらも2日目以降、69・68・69とスコアを伸ばし、結局4打差の6位まで追い上げた終盤をみると、タイガーの完全 復活は間違いありません。

一方、2位タイに終わったフィル・ミケルソン、元世界No.1デビッド・デュバル、リッキー・バーンズは再三勝つチャンスを手にしながら、最後の最後で崩れてしまいました。特にミケルソンはこれで全米オープン5度目の2位フィニッシュです。
試合の流れ、時の流れ、ファンとメディアの期待、全てが「ミケルソンが勝つ」ために動き始めた様に感じました。首位と5打差でスタートしたものの、上の2 人が自滅を繰り返し、気付いたら3打差、2打差、そして13番パー5のイーグルで遂に並んだのです。まるで他の140名の選手たちが「勝ってくれ」と願っ ているかのように。勝負の大きな流れを感じたのは私だけではなかったと思います。15番のパーパット、そして17番パー3のティショットのミスが、勝ちき れなかった理由ではないでしょうか。2位フィニッシュ5回はサム・スニード、ボビー・ジョーンズ、アーノルド・パーマー、ジャック・ニクラウスの歴史的ゴ ルファー4名を抜き去り歴代1位となってしまいました。

ミケルソンはゴルフを越えて、病と闘う人たちに夢と希望を与える闘いに挑んでいたのです。妻エイミーさんが闘う乳がん患者だけではなく、病に負けそうに なっている人々や、それを支える家族に、強烈なメッセージを伝えたはずです。エイミーさんは大会期間中、「そのトロフィーを病室に飾りたい」と毎日メール を送っていたそうです。がんと闘う愛妻に、自分の闘う姿を見せることで勇気付けたいという気持ちが、ひしひしと伝わってきました。エイミーさんの手術の経 過次第では「長期間試合に出場しない可能性もある」とミケルソンは公言しています。またしても幻に終わったミケルソンの全米オープン制覇ですが、次のチャ ンスこそ元気になった、エイミーさんと一緒に達成してもらいたいですね。

同じく2位タイのデビッド・デュバルは、2001年の全英オープンゴルフ優勝者です。1999年3月から8月にかけて世界ランキング1位の座にいたトップ プレーヤーでした。PGAツアーでは13勝を挙げていますが、初メジャーの全英オープンを最後に、優勝から遠ざかっています。父親のボブ・デュバルもプロ ゴルファーで、同時期にシニアツアーで活躍していました。

デビッド・デュバルは1995年からPGAツアーに参戦し、1997年10月の「ミゲロブ選手権」でツアー初優勝を果たすと、翌週の「ウォルト・ディズ ニー・ワールド・オールズモビル・クラシック」で2週連続優勝を遂げ、当年度の賞金ランキング30位以内の選手のみが参加できる最終戦の「PGAツアー選 手権」でも優勝と、一気に3勝を記録しました。

1998年には年間4勝を挙げて、初のPGAツアー賞金王になっています。1999年開幕戦の「メルセデス選手権」を史上最少ストローク記録(26アン ダーパー)で制し、3月の「ザ・プレーヤーズ選手権」の優勝により、タイガー・ウッズを抜いて初の世界ランキング1位まで登りつめたのです。当時はデビッ ド・デュバルがタイガー・ウッズの最大のライバルと見られていました。2001年11月に初来日・初出場のダンロップ・フェニックスで初優勝した翌週「太 平洋クラブ御殿場コース」で開かれた「EMCワールドカップ」には、アメリカ代表としてタイガー・ウッズとコンビを組んで出場しました。前年の2000年 大会(アルゼンチン)では、このコンビで優勝を果たしていました。2打差を追う最終18番ホール(パー5、517ヤード)、タイガー・ウッズの“ミラク ル・チップイン・イーグル”でプレーオフに残ったものの、4ヶ国によるプレーオフではアーニー・エルスとレティーフ・グーセンによる南アフリカチームに敗 退し、2年連続優勝はなりませんでした。

デビッド・デュバルは2002年に入ると、左肩や腰などの故障に加え、婚約者との破局などのトラブルが重なり、賞金ランキング80位まで落ち込みました。 当時の彼女との結婚は、その頃の米ゴルフ界では当然のことと思われていました。しかし、プロボーズの答えは「私は転戦生活は嫌。もっと勉強がしたい」と彼 女は大学院に進学し、2人の関係は終わってしまったのです。2003年以後は、極度のスランプ状態に陥っていました。

その後、タイガーのライバルとして浮上したのは、19歳でセンセーショナルなプロデビューを果たし、いきなり全米プロでタイガーと死闘を演じた、スペイン 出身のセルジオ・ガルシアでした。しかしレギュラーツアーでは勝利を挙げても、メジャーではいまだ無冠の勝てずじまい。それでも昨年末には世界ランク2位 まで浮上したのですが、今年はどうも成績が振るわず、世界ランクは4位から5位まで後退。その原因は、グレッグ・ノーマンの娘、モーガン・レイとの恋が3 月に破局したからだと言われています。

「失恋コンビ」の今後が気になりますね。

109回全米オープン

109回全米オープンが行われたベスページ・ブラックコース(ニューヨーク)は、02年全米オープン開催以前から、難しい セッティングで知られています。スタートホールのフェンスには「ブラックコースは非常に難しいコースの為、上級者のみにオススメします」と警告文がありま す。普段からカートの使用は禁止され、ラフも膝の高さほどあり、サンドウェッジで出すのがやっとという厄介なセッティングで、シングルプレーヤーでも 100を越えることがあるという超難関コースです。02年全米オープン時にドライバーで打ってもフェアウェイに届かず、リンクスで良く見られる細く長いイ ネ科の植物・フェスキュー群に球が沈んでしまい「不公平すぎる」と大批判が出た10番などは、フェアウェイが40ヤードほどティグラウンドに近づけられて いました。

ヤーデージブックを見ると全長は7,426ヤードで7番・525ヤード、10番・508ヤード、そして12番・504ヤードと長いパー4が3ホール。特に 7番ホールの525ヤードは、去年の全米オープン、トーリーパインズ6番の515ヤードを超える全米オープン史上最長のパー4ホールで、パー5の5番ホー ル、517ヤードよりも長くなっています。12ホールあるパー4で、長さの面で一息付けるのは、2番ホールの389ヤードで、これが唯一の400ヤードよ り短いパー4でした。今年の全米オープン出場選手達は、一つどころか三つの500ヤードを超えるパー4に挑戦することになり、ショートヒッターには辛い戦 いでした。

リーマンショック以来の未曾有の不況下にあるニューヨーク、ドン底に落ちてしまったマンハッタンの人々は暗いムードから抜け出せずにいるわけで、暗いマン ハッタンからわずか30マイルに位置するベスページ・ブラック開催は、ニューヨーカーに元気を取り戻してもらい、ゴルフ人気を取り戻す絶好の機会と USGAは捉えたはずです。

しかしながら経済不況の影響で、全米オープンに参加する企業は大幅に減少していました。6/2日現在でUSGAが販売した全米オープンのホスピタリティテ ント(接待用企業テント)は42でした。参加した企業は、そのサイズや規模、テーブル数などを大幅に縮小し予算を節約していたようです。また1986年以 来、初めて前売りチケットが売れ残りました。

前回ベスページ・ブラックで全米オープンが行われた2002年は、9/11世界貿易センタービルへのテロ攻撃があった翌年でした。事件後最初に大きなス ポーツイベントがニューヨークで再開されたとして、USGAは78のホスピタリティテントを販売し、それがUSGAに9,260万ドルという記録的なトー ナメント収入をもたらす元となっていました。(TV放映料収入や他のトーナメント主催収入を含む)

タイガー・ウッズでさえ、「長い!」と言ったベスページ・ブラックコース。タイガーいわく、「僕が子供のころは420ヤードなんていえば、長いパー4だな あって感じだった。すごいよね。それぐらいゴルフというものが変化したってことだ」。そしてタイガーは、ベスページの18ホールの中でどのホールがキー ホールになるかと問われると、「特別にキーとなるホールはない。全米オープン開催コースともなれば、どのホールも難しいからね」とコメントしていました。

タイガーが言う「難しい」は「バーディを取るのは難しい」ということではないでしょうか。フェアウェイから、グリーンを捉え、いつも通りパットできれば、 「パーを取ることはさほど難しくはないよ」ということですが、大半の選手は「難しい」と言うとき、「パーを拾うことすら難しい」ということを意味している わけで、このあたりが普通の選手と王者との、レベルの差かもしれません。

今田竜二は残念ながら予選落ちしてしまいましたが、長い距離との戦いよりも「フェアウェイを捉えてさえいれば、グリーンは柔らかいから、ナイスショットさ え打てればバーディも狙える。ナイスショットさえ打てれば、ですよ。でも、一番難しいのはアプローチ。ソフトに出すとドスッと止まっちゃったり、妙に転 がったり。ランの計算が読み難くい」とベスページ・ブラックを分析していました。

ニューヨーカーを喜ばそうとしたのか?予選ラウンドのペアリングは笑えるものでした。
たとえば、ビジェイ・シンとジーブ・ミルカ・シンが同組だったり、エデュアルド・ロメロとアンドレス・ロメロが同組だったり、そうかと思えば、ソーレン・ケルドセン、ソーレン・ハンセン、ピーター・ハンソンが同組だったりと、まるで語呂合わせのようでした。

さらにメジャーに何度も勝ちかけて結局一度もメジャータイトルを獲得していない「負け組」までペアリングされていました。今年のマスターズでプレーオフに 敗れたばかりのケニー・ペリー、去年の全米オープンでタイガー・ウッズとのプレーオフに敗れたロッコ・メディエイト、過去幾度もメジャーで涙を飲んだト ム・レーマンと勝負弱い3人が勢揃い。
ちなみにタイガーは、昨年の全英オープンと全米プロを制したパドレイグ・ハリントン、そして今年のマスターズ覇者アンヘル・カブレラと「勝ち組」のラウンドでした。

5月のプレーヤーズ選手権ではドライバーショットが曲がり、苦しい表情を見せていたタイガーでしたが、6月のメモリアルでは最終日のフェアウエイキープ率 100%で大逆転優勝を果たしました。首位から4打差の7位タイからスタートし、あっという間にリーダーボードを駆け上がり、2位に1打差で優勝したタイ ガー。スランプ説を自ら吹き飛ばすような王者タイガーの猛チャージぶりに、ミュアフィールドビレッジに詰め寄せたファンたちは酔いしれていました。思い起 こしてみれば今季2月にツアー復帰し、わずか3戦目で優勝したのは“キング”アーノルド・パーマーの大会でした。そして今回、7戦目で優勝したのは“帝 王”ジャック・ニクラスの大会と、タイガー自身が憧れた「ゴルフ界の偉人」の冠大会での執念の勝利は感動ものです。

大逆転の一番の決め手になったのは、11番パー5でのチップインイーグルでした。2オン狙いの第2打がグリーン右奥にこぼれ、ボールはかなり深いラフの中 に沈んでしまいました。逆目+ダウンヒルのライで鋭角に打ち込むと、勢いがつきすぎ、グリーン上でどこまで転がるか計算が立ちにくい状況でした。タイガー は「できるだけフェースを開いてロフトを付け、できるだけ早くボールの下をくぐらせながら振り抜いた」と語りましたが、ボールを捉える瞬間、タイガーは右 手を離し、左手だけでクラブを振り抜いています。「とにかくロフトをつけておくことだけを考えていた」芝に負けてフェースが返らないように、右手が自然と 離れたのだそうです。「意図的に離したのか?」と問われると、「いや、勝手にそうなっただけ」ロブ風に大きなスイングをしたのは「とにかくボールをキャ リーさせてグリーンに届かせるため」で、そこから先は「カップに向かって、転がってくれれば、あとはパットでバーディを取る」というプランで「カップイン してくれたのは、ものすごいボーナスだったよ」とインタビューに応えていました。

ここぞという場面で、体が勝手に反応してメモリアルトーナメントで優勝を果たした王者タイガーでしたが、想像を絶するほどの「練習という準備」の賜物ではないでしょうか。

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