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SAMMY'S GOLF CO.,LTD.
Bangkok Studio
3FL, 593/13-14 Soi Sukhumvit 33/1, Sukhumvit Road., Klongtan-Nua, Wattana Bangkok 10110
MOBILE: 087-906-7272 (日本語)
FAX: 02-259-2662
URL: www.sammygolf.com
E-mail: sammy@sammygolf.com
Open: 12:00~20:00 (月曜定休)

打ちっぱなし(内輪話)

アメリカンドリーム

テーラーメイド・アディダス社CEOのマーク・キング氏は、ゴルフ用具に関する新ルールの提案を始めています。以前から 15インチのホールカップ使用や、ビギナーはバンカーからボールを手で投げてもいいといった、アマチュアにとってゴルフをもっと易しくするような新しい ルール、プレー方法を提唱していました。

「ゴルフに新しい人達の参入がない。まだゴルフをしたことがない人達が興味を持つとすれば、それをとても重要なことと感じなければならない」とキング氏 は、PGAマーチャンダイズショー期間に行われたインタビューに応えています。「現状では我々が新しいゴルファーを得たとしても、一年以内に離れていく人 もいるだろう。それは時間が掛かりすぎるからでも、費用がかかりすぎるからでもない。ただ楽しくないからで、難しすぎるからだ。この20年で建設されたゴ ルフコースは全てチャンピオンシップコースばかりで、それらのコースはアベレージゴルファーのコースではない。難解なコースでの難しいショットは、求めら れていない」と指摘しています。

キング氏は「USGAは手始めにゴルフのルールをツアープロ対象と、アマチュア対象の二つに分けなければならない。そしてゴルフをもっと易しくしなければ ならない。次にタイガー・ウッズ、フィル・ミケルソンそしてティム・フィンチェム氏(PGAツアーコミッショナー)が、"これは本当のゴルフだ。奇妙なゴ ルフや変なゴルフではない"と積極的に話すべきだ」と語り、PGAオブ・アメリカには、普及させる努力を望んでいます。

キング氏は「USGAはゴルフの歴史を守るのが責任だと言うが、ゴルフの将来も守らなければならない。現在USGAが示唆しようとしているのは、効き目の ない微調整をしているに過ぎず、ゴルフをリードする組織としては物足りない」とゴルフウィークのインタビューで批判しています。

ゴルフ人口が伸び悩んでいる米国では、どのように新しいゴルファーを獲得するかを模索しているようですが、ゴルファーを増やしていくためには大変面白い考え方だと思います。
グリーンの面積も大きくなっており、アスリートゴルファー用の普通のカップと、アベレージゴルファー用の大きなカップがあってもプレーに支障はないはずです。

私はコースレッスン中心に指導していますが、初心者の生徒さんでも、ボールが前に飛ぶようになるとコースに連れて行きます。すべてのショットをティーアッ プし、曲がった場合はボールをキャディにフェアウェーの中央まで持ってこさせて、ティーアップしたボールをプレーしてもらいます。ゴルフではないとお叱り を受けるかもしれませんが、コースでは何をしなくてはいけないのかを、経験してもらうことがゴルフの第一歩と思っております。始めたばかりの生徒さんでも パターや、ショートゲームの楽しさは理解してもらえますし、上手く打てたときの爽快感も味わうことは可能です。初ラウンドの第一打からすべてルールブック 通りにプレーする必要はありません。ゴルフの楽しさを広々としたコースで感じていただき、景色を楽しみ、ゴルフを好きになってもらうためには有効な指導法 だと思います。初めてのラウンドが、あわただしく走り回るだけではつまらないですよね。ゴルフ規則は罰則ではなく救済法で「プレーヤーの味方」でなくては ならないはずです。初心者に優しいルールがあっても、決しておかしな話ではありません。

PGAツアーがフェデックスカップを創設して以来、ルーキーが今シーズン4試合目の「ボブホープ・クラシック」を制覇し、初めてランキングトップに立ちました。優勝1回、3位1回と驚異的な活躍をしているジョナサン・ベガスです。

J・ベガスはベネズエラ出身ですが、ベネズエラといえば、日本で名を挙げたアレックス・ラミレス、ペタジーニ等、プロ野球選手の名を思い出します。ベネズ エラにはゴルフコースが全部で20コースぐらいしかないそうで、プロゴルファーは数えるほどしかいないようです。それどころか、チャベス大統領は政治的見 解から「エリートスポーツ」としてゴルフ嫌いで有名で、ゴルフ場をいくつも閉鎖しようとしていて、既に閉鎖に追い込まれているところもあります。ベネズエ ラ人にとってメジャーリーガーになることが「アメリカンドリーム」であり、成功し富を得るための最短ルートだったのですが、ゴルフ嫌いのチャベス大統領の 考えさえも、大きく変えなくてはいけないプロゴルファーが誕生しました。

J・ベガスは、ホウキで石ころを打ちながらゴルフを覚えたそうです。父カルロスは、母国に設立されたアメリカ企業「エクソン」のためのゴルフコースでキャ ディをして生計を立て、その後、苦労してそのゴルフコースの中に売店を出し飲食物を売り、それでなんとか家族を食べさせてきたということです。

J・ベガスは「とにかくあるものを拾っては振り回して、その辺にあるものを打っていました。プラスチックのボール、石、家中にあるものを何でも打って、よ く窓を割っていました」と語っています。石油掘削労働者のための団地に隣接していた9ホールのショートコースで友達と練習し腕を磨き、2001年のベネズ エラジュニアを優勝、翌年の世界ジュニア選手権に出場して6位に入賞と実績を残しています。

世界ジュニアの渡米期間中に、父カルロスはベネズエラで息子のスイングコーチをしていたフランシー・ベタンコート氏と、その教え子ケビン・カーク氏に「息 子を預かってもらえないか」と打診、父が石油ビジネスをしていて一時米国に住んでいたカーク氏は、ベネズエラのゴルフ環境ではJ・ベガスの将来の可能性が ないと、ベタンコート氏とともに受け入れを決めたのです。2002年、17歳だったJ・ベガスは「挨拶程度の英語、洋服を数着、ゴルフクラブ」を手に渡米 したのです。ベタンコート夫妻はJ・ベガスを我が子のように受け入れ、英語の勉強のために地元のコミュニティーカレッジ(短大)に通わせたそうです。送り 迎えをするだけではなく、午後はゴルフ場で付きっきりの指導。2003年のヒューストンオープンでは、マンデー予選を通過するまで上達し、同年 TOEFL、SAT試験(日本のセンター試験)を合格、翌年からテキサス大学に入学できるまで英語もゴルフも一人前になっていたのです。大学のコーチ、 ジョン・フィールズ氏曰く「ジョナサン・べガスという人間をサポートしてあげたい・・・そういう人しか彼の周りにはいなかった」と振り返っていますが、周 囲の人々のサポートのおかげで、大きく成長した結果といえるでしょう。

プロ転向したのが2008年で、昨年のネイションワイドツアーを経て、今季からツアーメンバーになったばかりの今季2試合目で優勝とは凄いことです。優勝 賞金90万ドルと、2013年までのシード権も得たのですが、何より今年のマスターズや全米プロ、さまざまなビッグイベントへの出場権も得ました。

優勝した「ボブホープ・クラシック」では、平均飛距離308.7ヤードで3位、FWキープ率は75.0%の13位タイ、そして平均パット数は27.4で 16位タイとティグランドからグリーンまで安定した成績でした。2007年の全米アマチュア選手権に出場していた際のヘッドスピードが何と61.7m/s だったそうです。それからはショットのばらつきを減らすためにボールコントロールする練習に取り組んだとか。それでも現在は55.9m/sでいずれにして もツアートップクラスです。

「アメリカンドリーム」を成し遂げたものの、J・ベガスが有頂天になることはなさそうです。あっという間に転落することがある米ツアーの厳しさを、ベガス は理解しているはずです。なぜならベネズエラという南米の小国から、米国にやってきたその日から、差別の中で世の中の厳しさを肌で感じてきたはずです。 「国を代表する初のプロゴルファーになりたい。そしてベネズエラのゴルファーも対等に戦えるということを証明したい」という1球にかける思いは誰よりも強 く、周囲に支えられてきたことに感謝し、さらに輝くことは間違いありません。

ロイヤルトロフィー

アジアと欧州2大陸間によるチーム対抗競技「ロイヤルトロフィー」が1月7日から9日まで、ホアヒンの「ブラックマウンテンCC」で開催されました。第一回(2006年)から、毎年「アマタ・スプリングス」で開催されていましたが、今回はホアヒンでの開催となりました。

欧州チームの初代キャプテンは、メジャー大会5回優勝を誇るセベ・バレステロスでした。スペインの伝説的な一流選手だったバレステロスは、そのカリスマ性 と闘争心によって「ライダーカップ」では選手としても、キャプテンとしても活躍していました。バレステロスは「チームゴルフは非常に特徴があり、興奮する 競技である。私の競技歴の中で感動的な瞬間の多くを、ライダーカップで体験した。プレーヤーとキャプテンとして、自分のために戦うばかりでなくチームメー ト、国、代表する大陸の人々のためにも戦うという、まさに忘れることができない瞬間が多々ある。信じられないほどの誇りを感じ、その緊張は想像を絶するも のがある」とチームゴルフ「ロイヤルトロフィー」にかける熱い思いを語っていました。しかしセベは2008年10月6日にスペインのマドリード空港で倒れ 意識不明のまま病院に搬送され、精密検査の結果脳腫瘍が見つかりました。計4度の腫瘍摘出手術を行うなどした結果、ゴルフが出来るまでに回復したようで す。しかし3回大会のキャプテンはホセ・マリオ・オラザバルに譲り、前回からはコリン・モントゴメリー(モンティ)がプレイイングキャプテンとして参加し ています。

セベは17歳で欧州ツアーデビューを果たした1974年に2勝を挙げ、2年後の1976年には19歳の若さで欧州ツアーの賞金王に輝いています。全盛期の 80年代には世界ランキング1位を通算「61週」保持していましたが、90年頃から腰痛に悩まされ、またパッテイングの不調などにより1991年に6回目 の「欧州ツアー賞金王」獲得を最後にスランプに陥りました。その後スイング改造が上手くいかず、2007年7月16日に競技ゴルフからの引退を表明してい ます。

アジアチームの初代キャプテンは倉本昌弘でした。2回大会からは尾崎直道(ジョー)がキャプテンとなり、今回まで連続でキャプテンを勤めています。ジョー は、1991年と1999年に日本ゴルフツアーの賞金王に輝いています。1993年からアメリカPGAツアーに参戦し、8年間にわたってシード権を守りま したが、2001年シーズンをもってUSPGAツアーから撤退し、2006年からは、チャンピオンズツアー(米シニアツアー)に参戦しています。国内ツ アーは通算32勝で永久シードを獲得しています。

今回のアジア代表は石川遼、池田勇太、園田峻輔の日本勢と、ノ・スンヨル、キム・キョンテの韓国勢、地元タイのトンチャイ・ジャンディと中国のリャン・ ウェンチョンの7名が決定していました。活躍中の若手の多い人選は魅力的でしたが如何せん準備不足でした。キム・キョンテは「やっぱり球もよく飛ぶし、体 が動くよ」と語っていましたが、逆に「暑さで飛距離も稼げるのはいいけど、その分、球が散らばる」と初日終了後にコメントしています。真冬の韓国では、あ まりの寒さにラウンドはおろか、ショット練習もほとんど出来なかったようで、調整不足も相まって、何より安定感が武器の選手が大事なチーム戦ではそれが生 かせず苦しむことになりました。

腰痛を抱えながらも執念のエントリーを果たしたインドのジーブ・ミルカ・シンが最後に選ばれましたが、12月に開催された「ブラックマウンテン・マスターズ」を優勝した平塚哲二のほうが適任だったのではないでしょうか。

プレーオフの末、アジアンツアー3勝目を挙げたのですが、日本人選手で年間に海外3勝した選手は初めてではないでしょうか。この試合結果を見てから最後の 選手を決めたほうがよかったかもしれません。ワールドカップにも、2年連続で日本代表として参加している経験もあり、このコースをよく知っているのが何よ りの強みです。世界ランクも65位まで上がってきて「第2回ロイヤルトロフィー」に参加経験もあり、選出に問題は無かったはずです。もし参加していれば欧 州チームのヨハン・エドフォースのような役割を果たして、アジアチームの勝利に貢献してくれたはずです。

プレイングキャプテンのモンティは、1993年から1999年まで「7年連続」欧州PGAツアーの賞金王を獲得しています。2005年に6年ぶり8度目の 欧州PGAツアー賞金王に返り咲いていますが、欧州ツアー通算31勝、他の国際試合でも9勝を挙げています。米PGAツアーでは1度も優勝がないため、世 界ランキング自己最高位は2位(1996年10月)止まりとなっています。メジャーは未勝利ですが、5度の2位があり「ライダーカップ」には、91年から 8大会連続出場を果たしヨーロッパ選抜チームには不可欠な存在ですし、今年は欧州チームのキャプテンを務め、欧州チームを勝利に導いています。

モンティ(スコットランド)に選ばれたプレーヤーは、ヘンリック・ステンソン、ピーター・ハンソン、ヨハン・エドフォース、フレデリック・アンダーソン ヘッド(スウェーデン)、マテオ・マナセロ(イタリア)パブロ・マーティン(スペイン)リス・デービース(ウェールズ)でした。

M・マナセロは16歳だった昨年の「マスターズ」で史上最年少の予選通過を果たしています。直後の5月にプロ転向し、10月に欧州ツアー「カスティーヨ・ マスターズ」で初優勝を挙げています。その時のプレー振りは常に強気で、デビュー当時のセベ・バレステロスを見るようでした。昨年も参加していたP・マー ティンは、欧州ツアー開幕戦「アルフレッドダンヒル選手権」で、2位からスタートした最終日に逆転し、2年連続開幕戦勝利を飾っての参戦でした。すでに開 幕している欧州勢は、正月気分のアジア勢とは勝つための準備が違っていたようです。

モントゴメリーは「ブラックマウンテン」をホームコースとし、シーズンオフをここで過ごしているヨハン・エドフォースを選びました。09年末の「ブラック マウンテン・マスターズ」でも優勝していますし、コースをよく知る強みをかわれての選出だったのでしょう。ホアヒンには、たくさんのスウェーデン人が移住 しています、老後をホアヒンで過ごす方や、避寒のため訪れるようです。準地元のエドフォースが他の選手にたくさんのアドバイスを与えたことは間違いありま せん。

初日2勝2敗、2日目の全敗で窮地に追い込まれた欧州チームキャプテンは、最終日の各ホールのピンポジションやカップ周辺のライン等を、エドフォースをは じめ「ブラックマウンテン」をメンテナンスしている欧州人スタッフからも入念に聞き出し、選手達に伝えたはずです。普段使わないような位置に切られたカッ プに対して、シーズンオフのアジア勢は、準備不足で対応できなかったのではないでしょうか。真冬の日本や韓国から駆けつけたアジア勢は、タイの暑さに体力 を奪われ、最終日の疲れはピークだったでしょう。
しかし大逆転の最後の決め手は、欧州キャプテン・モンティの「なんとしても勝ちたい」という強い思いだったのではないでしょうか。

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