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打ちっぱなし(内輪話)

松山の快挙 12月1日2011年

「三井住友VISA太平洋マスターズ」は、ディフェンディングチャンピオンの石川遼と同学年の松山英樹が優勝を飾り、1973年のツアー制施行後、史上3人目となるアマチュアVが達成されました。通算9アンダーの8位、4打及ばず連覇を逃した石川は、試合後この日の17番で達成したホールインワン賞を受賞するため、18番グリーンでの表彰式に参列し、満面の笑みで勝者の松山を讃えたのち、クラブハウスに向かう途中「中学生の時、一緒に回っていた選手が優勝したのは他の選手が勝つよりも一味違ったものがある」と語りました。

 

今年のマスターズで日本人初のローアマチュアに輝いた松山はトップに2打差の2位から最終日のスタートでした。「マスターズチャンピオン」チャール・シュワルツェルとのラウンドでも、臆することなくスコアで勝った段階で期待できると思いましたが、本当に強い勝ち方でした。2番でボギーが先行しながらも続く3番のパー5は3番ウッドで3mに2オンを果たし、イーグルを奪取。6・7番の連続ボギーでトップに1打差の2位タイで折り返すと、14番からの2連続バーディで抜け出し、単独首位に浮上しましたが、この日のパットの打ち方は完璧でした。左右のつま先を閉じて広めのスタンスから、ターゲットラインに重心を預ける様にストロークするのですが、下半身はまったく動きませんでした。 

 

アーノルド・パーマーがアドレスで両膝を絞ってパッティングを打っていたのと、ゲーリー・プレーヤーが右足を引いてクローズに左重心で構えてストロークしていたのと同じで、しっかり打てる攻撃的なパッティングスタイルといえます。高速グリーンの時代になって下半身を固める傾向は少なくなってきたように思いますが、松山の攻めのパッティングは魅力ですね。松山は16番パー4と17番パー3のティショットでプレッシャーからの力みか、切り返しで上体が大きく揺れてしまい右に曲げてしまいます。17番はボギーとするものの、1打リードで迎えた最終18番パー5、残り177ヤードの第2打をピン右50センチにつけるスーパーショットでイーグルを決めプロゴルファーを相手に優勝を決めました。14番でエッジからの3パットで順位を落とし、2打差で我慢のゴルフを続けていた同じ組の谷口が、見事にイーグルチャンスに乗せた後、プレッシャーの中での松山のスーパーショットは見事で、全盛時のタイガーや石川と同様に「何かを持った」プレーヤーということでしょう。スイング時の下半身の動きは、賞金ランキングをリードするベ・サンムンに匹敵する世界レベルの安定感でした。

 

石川は完全復活を果たしたように思います。最終日はボギースタートで連続バーディの後ダブルボギーと相変わらずの前半でしたが、後半はイーグルを狙った18番のセカンドだけが悔まれるというほど安定した内容でした。「18番のセカンドは英樹とまったく同じ距離でした。177ヤード、8番アイアン」。石川はグリーン右手前の池に入れて逆転のチャンスを逸し、松山はピン右50センチにつけてイーグルフィニッシュを決めたのですが「そこに技術の差が表れました」と苦笑いで立ち去ったのですが、ウォーターショットがグリーンオーバーした後の、奥からのアプローチが石川の真骨頂で、とても寄りそうもない場所からのパーセーブでした。アプローチの感性では、松山はまだまだ石川に敵わないでしょう。

 

松山の登場で、一人で日本のゴルフを背負ってきた石川の周囲にもいろいろな変化がありそうですが、本人が集中を切らさなければ、石川の復活は間違いありません。「勝負に負けたことは悔しい。でも、ジュニアの時からこういう舞台を夢見てお互いやってきた仲。それを考えると、これほど嬉しいことは無い。勝負っていいな、と思いました。負けは悔しいけど、勝った選手の最後の18番の攻め方に本当に脱帽だし、勝てるゴルフを十分していた。優勝者にふさわしいプレーだったと思います。勝てるチャンスで、しっかり勝つことが信じられないくらいすごい」と、同級生の優勝を冷静に受け止めています。

 

胸のすくようなフルスイング、恐れを知らないアグレッシブな攻め。2人のプレースタイルは似ていますが、石川はお互いの違いを「僕と英樹でプレースタイルは似ているかもしれないですが、優勝争いしているときの心理状況、自分にどういう言葉をかけているか、というのは違うと思う。英樹は心に波が立たない選手。歩き方だけではスコアがいいのか悪いのか分からない。良いプレーが出来ていると堂々と歩いて、悪かったら下を向くというのは、人間としては当たり前にあると思うんですが、それが英樹には無い。すごく堂々と歩いているわけでもなく、ずっと下を向いているわけでもなく、ずっと同じところを見ながら、まったく信念が揺らがない感じ。すごく切れ味のあるショットを生むのはそういう心理状態じゃないかと思います」と自身との違いを評価しています。

 

石川は2007年の「マンシングウェアオープンKSBカップ」で史上最年少優勝を飾ってからというもの、将来は同世代の選手と同じ舞台で戦いたいとライバルの登場を心待ちにしていました。ラウンド直後、石川は杉並学院高の後輩、伊藤誠道らに「みんながここで英樹みたいに優勝争いをするんだぞ」と声をかけたそうですが、新しい波が日本の男子ゴルフ界に起こりつつあります。

 

松山は震える両手でボールをカップに沈めても、雄たけびも、派手なガッツポーズも無く、イーグルで決めた歓喜のシーンは、帽子を取ってペコリと頭を下げ、同伴競技者に礼をつくして握手を交わしただけでした。「嬉しいけれど、本当に優勝したのかなと言う感じ。ローアマを狙っていたら優勝しちゃいました」最終日前夜も緊張に悩まされる様子も一切なく、最終18番のティグラウンドで発した言葉も「腰は痛くないな。腹筋がついたかな」とか。マスターズで日本人史上初のローアマチュアに輝いた「強心臓」ぶりはこの日も健在でした。世界最高峰の舞台を経験した後、飛距離と安定性を同時に求め、半年あまりで何度もスイングを変えてきたといいます。体格はひと回り大きくなり、ズボンのウエストは当時より3サイズ大きくなっています。10月にアジア・アマチュア選手権を制し来年のマスターズ出場権も獲得すると、直後の「日本オープン」ではオーガスタ用のウェッジをテストし、来年の夢舞台の準備も始めています。

 

2007年の「マンシングウェアオープンKSBカップ」で当時高校1年生の石川遼が優勝を達成しましたが同学年のスターの存在は、松山にとっても“特別”のものだった様です。快挙の2カ月前、ジュニアの大会で優勝争いした相手が、プロを相手に勝った。日曜日の昼間、バスの中で友達から知らされると「絶対ウソ!ローアマだろ?」と信じられない、信じたくない思いでいっぱいだったと語ります。「悔しかった。すごいなあ、いいなあと思った」というのが15歳の正直な気持ちだったのでしょう。2013年までにプロ宣言すれば、シード権も得られますが「大学に行っているからこそ、力がついている。ちゃんと卒業してからプロの道に行きたい」と、当面はアマチュアとしてプレーすると明かしています。しかしアマチュアとして参加資格を得ている来年の「マスターズ」終了後、石川のライバルとしてプロ転向表明をして欲しいと思います。

 

2打差の単独2位は谷口徹でしたが、最終組での直接対決に敗れたことを悔しがっていました。前半3番からの2連続バーディなどで優勝争いを引っ張った谷口は、中盤に得意のパッティングが冴えずスコアを伸ばせずにいました。最終18番ではピン左2メートルに2オンさせ、意地のイーグルを奪い通算11アンダー。しかし松山もイーグルを決め「最後は引導を渡されてしまいましたわ」と語りましたが、アマチュアの松山が優勝したため、副賞のBMWと優勝賞金は谷口が獲得しました。「松山は最初からアマチュアとは思っていなかった。スケールもでかい。パターの達人だ。ドライバーも飛んで曲がらない。マスターズもそうだしアジア・アマチュア選手権でもそう。大きい試合に強いねえ」と評した19歳にホールアウト後「いつでも来いよプロに、いつでも来れる」と、ツアー通算17勝の名手は、最高の言葉で讃えました。

 

その谷口が上田桃子を復活させました。07年、最終日のアルバトロスで優勝を決め、米ツアーへの扉を開いた思い出深い大会で上田は、その相性の良さを存分に発揮し2度目の優勝を果たしました。08年から米ツアーに参戦していますが、日本の賞金女王という実績を持ってしても、米ツアーでの優勝はつかめそうでつかめませんでした。09年、10年、そして11年と、4年の月日が流れ、「もう勝てないんじゃないか」という恐怖心にも襲われていたといいます。そんな上田に手を差し伸べたのが谷口でした。谷口は最近、教える楽しさを覚えたようで「ダンロップフェニックストーナメント」で、逆転でツアー4勝目を挙げた武藤俊憲、ツアー2勝の松村道央のほか、9月のフジサンケイで初優勝した諸藤将次やANAオープンで優勝争いを繰り広げたアマ・伊藤誠道も“谷口道場”の門下生です。

 

谷口は上田の練習ラウンドに同行し、直接指導を行ったのですが、現役ツアープロとしては極めて異例なことでした。「コースの中ではゲームを楽しめ」とわざわざ会場に足を運んで上田を熱血指導してくれた谷口の言葉を思い出し、考え過ぎないように、ポジティブ思考で、良いイメージだけを持ってプレーしたといいます。「本当はシーズン中盤の方がショットが良くて、今日のショットでこれまでならアンダーが出る内容じゃなかったけど、マネジメント一つでこんなにバーディが獲れるんだなと思いました。久しぶりに乗ってきますね」と谷口効果を語っていました。

 

「谷口さんからは試合前日、“いろいろ言ったけど、何も考えるな”“自分のやることに集中しろ”とメールをもらいました」という上田の初日は首位に1打差の4位に。さらにその夜も「谷口さんに連絡しました。“練習しまくったんやろ”とか“休むことも大事”とか“良い日に、良いイメージで終わることが大事”とゴルフ人生にためになる話を聞けました」と2日目は2位に3打差をつけ単独首位に立ったのです。「谷口さんには、“絶対に明日は追いつかれると思うから、そのときに「自分が勝つ」という強い気持ちでいること”と言われました」と、その予言通り、最終日はフォン・シャンシャンに並ばれプレーオフとなるも、3ホール目にバーディを奪い、栄冠を手にしたのです。上田は試合後、米ツアー仲間の宮里藍や宮里美香に祝福され号泣していました。谷口を含め、周囲の支援に応えることができて、ほっとしたのかもしれませんが、谷口道場の看板娘になりました。

 

石川が復活をかけて挑戦した「プレジデントカップ」が終わりました。2日目はP・ミケルソンが帽子を飛ばされるほどの強風でしたが、打つ場所とグリーンでは吹き方が違う様で、風が読みにくそうでした。広いフェアウェイと、チップス型で傾斜のあるグリーンが開催コース「ロイヤルメルボルン」の特徴です。広いフェアウェイは、見た目は簡単そうに見えますが、ピンの位置によってはフェアウェイでもグリーンが狙えないようなホールもあり、ピンを狙うには、どこにショットを落とすかというのが重要なコースでした。ワンオン出来るような短いホールも多いのですが、ワンオンを狙ってオーバーするとバーディどころかパーをセーブするのがやっとという場面も多く見られました。グリーンエッジとバンカーの境がなく、バンカーの縁がグリーン面にあるため、落としどころを間違うとグリーンの傾斜で、そのままバンカーに転がり落ちていくシーンが何度も映し出されましたが、石川も初めての経験で戸惑っているようでした。最近の傾向は距離を長く、フェアウェイを狭くして、ラフを伸ばして難しくする傾向がありますが、距離が短く、広いフェアウェイでラフが深くなくても、これだけ難しく出来ることを、またコースをチャレンジングに、トーナメントをエキサイティングにする方法を「ロイヤルメルボルン」が教えてくれたように思います。

 

初日、2日目は、石川をパートナーに指名した「南アの英雄」E・エルスとのラウンドでしたが、流れを引き寄せることができずに連敗。特に2日目はノーバーディのラウンドで地元紙の報道では「輝きを失った石川」と酷評されるほどでした。しかし3日目に再びE・エルスとのラウンドでリベンジを果たします。1UPで迎えた16番からの終盤3ホールで、外すと勝敗にかかわる大事なパットを連続で決め、勝利に貢献し、地元の大声援を受けました。最終日のシングルスもババ・ワトソンを相手に2ホールを残し3アンド2で勝利し、2日連続で世界選抜にポイントをもたらしたことは大きな収穫で、終盤の日本ツアーにも期待が持てる活躍となりました。

笑顔の戦士と谷口軍団

「日本オープン」で3勝目を挙げたベ・サンムンに、翌週の「ブリジストンオープン」で挑戦状を叩きつけたのは43歳の谷口徹でした。今季の谷口は2連覇を狙った5月の「日本プロゴルフ選手権」で、腰痛を訴え途中棄権。2週間の休養をとって復帰したのですが「勝ちたい。とにかく優勝したい。疲れはピークだけど勝ちたい」と報道陣を集めて「賞金王」に輝いた若い時のように試合前に優勝宣言をしていました。賞金王レーストップを快走する「ベ・サンムンとの優勝争いがしたい」とも語り「やりがいがある、久々に良い選手が出てきた。飛ぶし、アイアンもパットもうまい。自分より強いと思う選手」と実力を高く評価しています。

「べ・サンムンとは毎週一緒に回っても、飽きないと思う。目の前で戦いたい。彼の域まで自分を上げないと一緒に回れない。べとキム(キョンテ)と戦うときは燃えるものがある」とやる気に溢れ「僕らはプロだから。そういう選手に勝った時の喜びは、普段の何倍もある。年は関係なく、気持ちを前に出さないと勝てない」と戦う姿勢を語っています。谷口は例年5試合前後で連戦を避けるスケジュールを組んできましたが「勝つことに飢えている」と休養後14試合連続で出場して結果を残しました。クローズスタンスのアドレスから右サイドを固め、切り返しから一気に左軸足で上半身を振り抜くスイングは安定感抜群で、決勝ラウンド2日間はいずれもノーボギーと他を圧倒する内容で3日目に首位に並び、最終日の後半は独走状態になり2位に5打差をつける快勝でした。「若い選手の壁になれるよう頑張りたい。あと5試合でべ・サンムンで届かせるのは厳しいかもしれないが、彼を目標に頑張っていきたい」と語りました。

 

谷口本人は特に師匠と呼ぶ人は持たず、コーチもつけていませんが2度「賞金王」に輝いています。誰かと群れることを好まない“一匹狼”と言われる選手でした。しかし、谷口は40歳を境にあえて自分よりひとまわり以上の下の選手たちに、声をかけて行動を共にしています。谷口からすると40代にさしかかってなお、自分のモチベーションを上げるためなのでしょう。声をかける相手は常に、自身が持っていないもの、持ちたくても持てないものを、持っている選手達です。まず白羽の矢を立てたのは、ただ飛ばすだけではなく、抜群の正確性と安定感を兼ね備えていると評判だったプロ11年目の松村道央でした「彼が僕に勝てるのは、飛距離しかないですけれど」との谷口の憎まれ口は、いつものことですが、これは「大きな可能性を信じている」気持ちの裏返しなのでしょう。「僕が彼から盗みたいところはひとつもないですから」と得意の“毒舌”はあいかわらずですが「でも飛距離では1ヤードでも松村に追いつきたいと思う。彼から刺激を受けることで、僕の体も気持ちも若返る。そういう選手しか、僕は声をかけない」という「師弟関係」の条件を明かしています。

 

昨オフ、谷口との宮崎合宿に参加した松村は、飛距離では優位に立ててもアイアンの精度や小技のバリエーションに歯が立たず、さらに本番さながらの練習ラウンドでの驚異の集中力に驚いたといいます。この経験が何よりの薬となり、松村は昨シーズン10月の「コカ・コーラ東海クラシック」で念願のツアー初優勝を挙げたばかりか、翌11月の「カシオワールドオープン」で早速2勝目を達成し、賞金ランキングでも接戦の末に5位となり、なんと6位の師匠を競り負かしてしまったのです。そしてそのことが、今度は谷口の心に火をつけたようで、今年は「賞金王を狙う」と公言していました。しかし子煩悩で育児が趣味という谷口に、昨年秋に第二子が誕生したことで「ゴルフに対する情熱が薄れていた」と、前半は優勝争いに顔を出すことが少なかったのです。

 

弟子の松村は「師匠を見習いたい、谷口さんの100ヤード位内のアプローチと精神力、集中力は世界NO.1」と師匠の力を認めていますが、谷口のほうは「別にあいつを弟子とは思ってない、弟子というより扶養家族。だって彼は僕より稼いでいるはずなのに、ちっとも僕にご馳走してくれないんです。むしろ“生涯獲得では谷口さんのほうが上”とか言って、僕に奢らせてばかり」と冗談交じり語りましたが、今年の宮崎合宿期間中の食事代はすべて、師匠谷口持ちだったようです。「やる気、可能性を感じるか。ゴルフに対しての気持ちがあるかないか」という“入門条件”を満たし弟子入りした諸藤は、9月の「フジサンケイクラシック」で涙の初勝利を飾りましたが、「あれは2日間だろう(荒天による36ホールの短縮競技)。優勝じゃない。このまま喜んでたら、すぐ消えるぞ」と戒め、16歳のトップアマ伊藤誠道には「彼には人間的なことをね。ピノキオみたいに鼻が伸びないように、ジュニアの大会でたくさん優勝して、勝つことをちゃんと覚えてこい」と、厳しく課題を与えています。切磋琢磨で互いを高め合い、人間味溢れるまさに理想的な師弟関係が、谷口を中心に築かれつつあるようです。

 

優勝した「ブリジストンオープン」でもラウンド中リーダーズボードに目をやり、気になったのは“弟子”たちのスコアだったようです。松村と諸藤は、師匠を2打差で追ってのスタートでしたが、松村は通算10アンダー2位、諸藤は73と崩れて通算5アンダー17位。「師匠と弟子はこれくらい差が無いと。今日で分かったでしょ、でもやっと見せられた」とホッとした表情も見せていました。

 

弟子たちはホールアウト後、18番グリーンの裏で完敗を認めてから「ウォーターシャワー」で師匠を出迎えたのですが「待ってなかったら、シバいたろうかと思ってた。でも今まではこういうの、無かったな。水かけられたから優勝の余韻が覚めたわ」と17度目の優勝で初めて弟子からの「ウォーターシャワー」を浴びましたが、その目には光るものがありました。完全復活を果たして、日本の若手を引っ張ってくれそうです。

 

しかし谷口が掲げた「打倒ベ・サンムン」を果たしたのは「谷口軍団」ではなく河野晃一郎でした。「マイナビABCチャンピオンシップ」の最終日は13位からスタートしたベ・サンムンが10バーディ・2ボギーで15アンダーとし、13位から一気にトップを奪いホールアウト。2打差で追う藤田寛之、小田が孔明が18番でイーグルを奪えずに、またしてもベ・サンムンにやられたかという展開で、挑戦権を持つ最後の選手は10アンダーの2位タイからスタートした河野だけでした。13アンダーで迎えた最終18番パー5で、完璧なセカンドショットから笑顔でイーグルを奪い、ベ・サンムンに土壇場で追いつきプレーオフに突入。18番ホールの繰り返しで行われたプレーオフでは6ホール目で2.5メートルのバーディパットを決めて、べ・サンムンを退けたのです。

 

「長かったですよね、でも最後まで応援してくれたギャラリーの方々に、つまらない顔はお見せできない。せめて自分のトレードマークでもある笑顔で声援に応えたかった」と語りましたが、バーディパットを決めれば笑顔、ミスショットをしても笑顔、真剣モードで表情を変えることなく戦うベ・サンムンとは対照的に、笑顔を絶やしませんでした。そんな河野が外国人選手には負けたくないという強い気持ちを語っています「今、韓国の選手たちが凄く強いですよね。彼らは凄くハングリーだし、練習も熱心。今、ベが賞金ランキングで首位を突っ走っていますが、やっぱり日本ツアーは日本人が賞金王にならないと。彼に挑戦権があるのは遼くんだけだと思うんですよね。そしたら、なんとか日本人選手として少しでも後押しができればというか、ベの独走を止めたいと思って」と「石川賞金王」のアシストも考えてプレーオフに挑んだようです。「ベの方が実力も上だし、飛距離も出るし、あの18番でやるのは絶対に不利ですよね。でも、僕は最終組でその流れで入れますけど、ベは時間が空いてしまったので、戦うモードになっていない分、少しチャンスはあるかなって思いました」と振り返っています。

「6ホールは初めてですね」という河野のプレーオフの実績は5戦3勝ということでした。東洋大卒業後力不足を感じ、厳しい環境に身を置くためサンディエゴを拠点に4年間米国でミニツアーに参戦しています。現在の所属先のエコー電子の社長でもある父親からの20万円の仕送りを元手に、節約するためにホームステイ先から中古車で試合会場を飛び回る毎日で学んだのは「英語をしゃべれない分、周りの人に受け入れてもらうには笑顔が一番」と、今回とても印象的だった「笑顔の力」のルーツを語っています。

アメリカではPGAツアーを目指すプレーヤーのために、いくつかのミニツアーが開催されています。河野はミニツアーのプレーオフで3勝しています。ミニツアーは参加選手が支払ったエントリーフィから成績によって賞金が支払われます。エントリーフィはワンデイトーナメントだと100$前後、2日間トーナメントで250〜300$。4日間トーナメントだと1,000$と高くなります。当然賞金も上がりますが、予選落ちでは賞金は無く、自分が出したお金をいかに多く取り戻せるかは、自分の力次第ということになります。「アメリカ人にもハングリーで負けたくないという気持ちで戦っていました。あ、そういえば外国人にプレーオフで負けたことないや」と、またしても笑顔で答えていました。過去の2敗はいずれも国内での競技。「外国人選手と戦うのは相性が良いんですかね。でも、今回の優勝は本当に自信になると思います。あのベに勝ったんですから。自分ではまだ優勝は早いと思っていましたが本当に嬉しいです」と語りましたが、海外での経験が土壇場で大きな力になったのは間違いありません。「笑顔の戦士」と「谷口軍団」そしてスイングが安定してきた石川の「逆転賞金王」にも期待しましょう。

日本オープン

洪水の影響はいかがでしょうか、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。週末はいつもコースレッスンに行くのですが、自重されるお客様が多く「日本オープン」の素晴らしい優勝争いを、韓国亭で「ライブテレビ観戦」しました。ダイジェストではなく、ほとんど全てのホールをライブで見るのは本当に久しぶりでした。

9年ぶりの優勝を狙う佐藤信人は、スタートホールのバーディチャンスを外しますが2番はうまくパーセーブとまずまずの出だしでした。しかし3番で手前からのアプローチを1mに寄せたのですが、この短いパーパットを外して初ボギーとしてしまいます。スタート前「こんなに緊張するとは、昨夜はあまり眠れませんでした」とプレッシャーを口にすることで、逆に気持ちを切りかえようとしていましたが、パターが入りまくった3日目までとはやはり違うようでした。

4番のパー5でドライバーを左の林に曲げ、2打目をフェアウェーに出し3オンでしたがここも決められずパー。5番もラフからナイスオンですが決められず。6番パー5もラフからの3打目をピンそばに寄せますが連続でタッチが弱くチャンスを逃がし、逃げ切りの流れを作れない、我慢の展開でした。

7番パー3でバンカーエッジのラフから上手く寄せたのですがやはり弱く、逆に2度目のボギーと悪い流れになってしまいます。8番では風を読み違えたのか、2打目を入れてはいけない奥のバンカーにオーバーしてしまい、そこからの高く上げたバンカーショットは4mオーバーの大ピンチ。これを外すと完全に流れが悪くなるというパットは、この日初めてしっかりしたタッチで真ん中から入り、佐藤はホッとした表情を見せていました。

続く9番もアプローチを1mに寄せナイスパーで勝負はバックナインに入りました。佐藤のひたむきな「復活」への努力を知る地元のファンの大声援を背中に受け1番から6番までのバーディチャンスがひとつでも入っていたら、佐藤は逃げ切れた様に思います。

そして迎えた10番ホール、佐藤のドライバーはまたしても左に引っかけて木に当たり、林に打ち込んでしまいます。2打目は少し出ただけで3打目もグリーンは狙えず4オンでしたが、これを外すダブルボギーとして2アンダーとスコアを落として久保谷健一、10番をボギーとしたベ・サンムンと並ぶ混戦模様になりました。

前の組で回っていたベ・サンムンの11番はグリーン手前からアプローチを寄せてパー。久保谷のセカンドはバックスピンで戻り距離はあったものの、手前のエッジからのバーディチャンスに見えまいた。しかしこれがピッチマークに沈んでいたようで、打った瞬間にバウンドし3mもショートしてしまう不運。想定外のミスからのパーパットを外し1アンダーと、久保谷は首位から一歩後退してしまいます。

しかし直後の12番で久保谷は、手前15mに乗せた上りのバーディパットを強めにど真ん中から決めて2アンダーに戻します。それを見たベ・サンムンはパーパットを外し1アンダーと逆転し、佐藤と並びトップに再浮上したのです。佐藤は11・12番のバーディチャンスが決められず、相変わらずノーバーディのラウンドが続きます。

14番パー5、ベ・サンムンは絶好のポジションにティショットを運び、270yを5番ウッドでフォローの風に乗せ1.5mのイーグルチャンスというスーパーショット。ベ・サンムンの奥に乗せた久保谷のバーディは入らず、ベ・サンムンがイーグルを決めて3アンダーと抜け出し大きなガッツポーズ。佐藤の14番はピンチでしたが、長いパーパットを決め1打差で追う展開になりました。佐藤はここまで7~8回のバーディチャンスを逃したはずです。しかし「外したら終わり」という難しいパーパットは8番と14番で決めており、バーディが来るまで頑張って欲しいという想いは、応援していた地元のギャラリーも同じだったでしょう。

15番パー3のティショットは久保谷、ベ・サンムンともに乗らず、ベ・サンムンはアプローチをショートしボギーで、パーセーブの久保谷と再び並びます。佐藤はまたしてもバーディパットが入らず、2アンダーで3人が並び展開で優勝争いが続きます。

16番の久保谷とベ・サンムンはパーオンしてグリーン勝負でしたが、どちらも決めきれずにパーと抜け出せません。ドライバーを握った佐藤のティショットはまたしても左の林に打ち込んでしまいます。しかしロープの外でギャラリーが座っていたためか意外にライが良く、そこから狙ったセカンドショットはグリーン手前でキックして2.5mに寄る「スーパーリカバリー」となりました。これを決めれば「ナイスカムバック」というパットでしたが、佐藤はこのバーディパットも決めることができませんでした。

17番はピンの奥に乗せるのを嫌ったのか久保谷、ベ・サンムンともに手前に乗せ2パットのパーでお互い一歩も引かず。16番のチャンスを逃した佐藤のラフからのセカンドは、右手前のエッジに弾かれるように右のバンカーに転がり落ちます。このバンカーショットは5m近くピンをオーバーしてしまいます。16番で決めきれなかった悪い流れか、さすがにこのパーパットを外し、ここで佐藤は一歩後退してしまいます。

最終18番パー4、久保谷のティショットはフェアウェーをキープ、ベ・サンムンは珍しく切り返しが早く、左に引っ掛け林に打ち込みます。2打目はグリーン方向には打てず、力技のフックボールでサブグリーン方向のラフに出してきました。久保谷はバーディチャンスにナイスオン。しかしベ・サンムンはそこからのアプローチをベタピンに寄せてナイスパーで久保谷を待ちます。そのバーディパットは無情にもわずかに届かず二人は並んでホールアウト。

プレーオフに参加するには、最終ホールのバーディが条件の佐藤のセカンドは2.5mにナイスオン。しかしこの日の佐藤はバーディパットを一度も決めることなく終戦となりました。初日からのパット数は26・26・25パットとランク1位でしたが、最終日は15・17の32パットと、前日まで魔法の様に入ったパットが決められずにストロークを落としました。

「昨日は早く寝たんだけど、1時間おきに何度も何度も目が覚めて、仕方ないから4コマ漫画を読んだけど、ちっとも面白くなくって……」と語っていた佐藤は、7月の第1次予選会、8月の最終予選を勝ち抜き「日本オープン」本戦出場にこぎつけたのです。今季は3試合目ですが2試合が予選落ちという最悪の成績で眠れないのも当然でした。2000年からの2年間で7勝を挙げ賞金王争いの常連だった頃には「パットの名手」と誰もが認めた自慢のパッティングで手が動かなくなり、大スランプに陥っていたのです。ツアー通算9勝を挙げていますが、2000年には年間4勝を上げて、片山&谷口と、三つ巴の賞金王争いを演じたのですが、同年には「日本プロ」を制覇し賞金ランクで自己最高の2位となっています。2002年は「日本ゴルフツアー選手権」と「日本プロマッチプレー」でも勝利を挙げています。


2003年には「欧州ツアー」を選択しQTを勝ち抜き本格参戦を果たしました。ネバダ州立大卒業でもともと海外志向の強い選手でした。スイングは重心が低くボールコントロールに優れ、学生時代を過ごしたアメリカより、リンクスコースの多い欧州を選んだのは正しい選択だと思っていました。しかし真面目で真摯な取り組みが災いしたのか「パッティングイップス」にかかり、それを境にスランプに陥っていました。賞金ランキングもボーダー線上をさまよい、ついに2009年には「シード権」まで失っていたのです。

「パッティングイップス」という、辛い現実に真正面から向き合うために「逆に手が動かなくなったことを思い出しながら練習した」そうです、また「ティショットを曲げても、OBしても、3パットしても勝てなくても良い、それでプレーが疎かにならないようにして、出た結果を受け入れる」ことを繰り返し、どんな時も「試合の緊張感を持ちながら」プレーするように努力してきたということです。「今はなるようにしかならない、どうなってもいいですよ、という感じです」と語りましたが、現実を受け止め、その中でベストをつくすという戦いを最後まで貫きました。その表情と姿勢はひとつでも入ってくれればというパットがことごとく外れても、崩れることはありませんでした。残念ながら9年振りの優勝は逃しましたが、台頭する若手のお手本になりうるベテランの復活は日本ツアーにとって明るい材料です。地元ファンの声援を力に「イップスからの脱出」と、来年の「シード権」を獲得した佐藤に大きな拍手を贈りたいですね。

18番で行われたプレーオフは、正規の18番とは逆に久保谷がティショットを左に曲げ3オン、ベ・サンムンがフェアウェーキープから2オンの展開で、長いパーパットを久保谷が外し決しましたが、2週連続優勝に挑んだ久保谷の戦いも立派でした。「キャディとドライバーが曲がりすぎていたので、二度と打たなくていいなって話をしていたら、もう一回って感じで… 賞味期限切れでした」と、相変わらずのボヤキでしたが、プレーオフを戦う「気力・体力」は残っていなかったようです。日本で試合が無い時に、アジアに戦いの場を求める久保谷や平塚の活躍は、間違いなく若手のお手本です。彼らの後を追う若者が、大挙してアジアンツアーに参加して欲しいものです。

優勝したベ・サンムンは、先週の予選落ち後韓国に帰り「リフレッシュ」してきたのもプラスになったようで、初日から安定したプレーを見せていました。韓国勢の「日本オープン」制覇は、延原徳春(延徳春、1941年)、ハン・ジャンサン(韓長相、1972年)、キム・キョンテ(金庚泰、2010年)、ベ・サンムン(裵相文、2011年)の4人で二年連続となりました。

180センチの体格に恵まれたベ・サンムンは、正確なショットを武器に08・09韓国ツアー賞金王に輝いています。昨季の日本ツアー賞金王キム・キョンテとベ・サンムンは同じ歳で1986年生まれです。「チョイさん(K・J・チョイ)と、ヤン(Y・E・ヤン)さんを除けば、韓国人では彼が一番上手いと思う」と7歳でゴルフの英才教育を受け、自身より3年早く2003年にプロになったライバルのことを絶賛しています。ベ・サンムンのスイングは左軸足と体幹を安定させ、上半身のしなやかさを生かしてスイングします。ショートゲームも上手く、最終日は完璧なラウンドでした。シーズン当初より年末の米国QT受験を表明していますが、現状を見ると石川やキム・キョンテよりベ・サンムンの方が先に「世界のステージ」で通用する様に感じた「日本オープン」でした。

「アジアアマチュア選手権」は、松山英樹が2年連続優勝を果たし、日本人一番乗りで、来年の「マスターズ」の切符を手に入れました。松山は「最初から最後まで勝ちたいと思って出場した試合で、初めてというほど最後まで緊張が解けず、足の震えが止まらなかった」と語り、その理由として「今年出場したマスターズで、18番でのスタンディングオベーションを受けてから,どうしてもあの場所に戻りたい気持ちになった」とマスターズへの想いを語りました。逆転を狙って臨んだ最終日、スタートからバーディを奪い、3日目を終えてトップのベン・キャンベルの2番ダブルボギーで一気に逆転します。しかし再度キャンベルが7・8番を連続バーディで追い上げてきた9番でバーディを奪い突き放しました。展開を見ながらの1番・9番のバーディは、攻めどころを認識しているかのような戦い方でした。

優勝後のインタビューで「あまり調子が良くなかった」と語っていましたが、17番の短いパー4はバンカーの手前にレイアップしピンそばへ、惜しくも決められませんでしたが確実にパーをセーブして、2打差の余裕を持って最終ホールへ。韓国のイ・スンミンがバーディで一打差になったもののここもセカンドをレイアップして、確実に3オン2パットで1打差を守りきりました。前半で逆転した後は、確実にチャンスを決めてノーボギーの内容でした。攻めと守りのタイミングを熟知しているかのような20歳の松山は、2年連続の「アジアアマチャンピオン」として「2012・マスターズ」に出場します。

 

 

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