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打ちっぱなし(内輪話)

全英オープン 8月1日号

第142回「全英オープン」がその幕を閉じました。

今年の開催コースは、2002年以来11年ぶりとなる

スコットランドのミュアフィールドでした。

全英オープンが行なわれるのは16度目で、過去にゲーリー・プレーヤー、

ジャック・ニクラウス、トム・ワトソン、アーニー・エルスなど、

数々の名プレーヤーがここで栄冠を手にしていますが、

世界で一番古いゴルフクラブの1つであり、

1744年に遡る一番初期のゴルフルールブックが発祥したクラブとして有名です。

マッセルバラ近くのリンクスから、ミュアフィールドにクラブの拠点を移したのは

1891年のことですが、そのわずか1年後の1892年、ミュアフィールドでは

これまでに15回開催された「The Open Championship」の1回目が開催され、

わずか3名のアマチュアの1人であるハロルド・ヒルトンが

優勝杯「クラレットジャグ」を手に入れています。

 

1980年には青木功プロが「63」をマークし、全英オープンの

最小スコア(タイ記録)として歴史に名を刻んだコースでもあり、

2002年には丸山茂樹が最終日まで優勝争いを展開。

首位とわずか1打差の5位と、メジャー制覇へあと一歩に迫った舞台で、

日本人には相性のいいコースとなっています。

そして今回は、6月の「全米オープン」で日本人史上初となる、

初出場でのトップ10入りを果たした”怪物ルーキー”松山英樹が注目を集めました。

日本ツアーがオープンウィークということで、前週の木曜日と早めにイギリス入りした松山は、

ゴルファー憧れの地である、あのセントアンドリュース(スコットランド)で調整したあと、

土曜日からミュアフィールドで練習ラウンドを行いました。

リンクスコース特有の海から吹く強い風に対応するショットや、

小さく深いバンカーからのシュットを、何度も何度も繰り返し練習し、

その表情からは、頻繁に笑顔が漏れ、調子も上々で楽しそうに見えました。

 

初日を前に松山は「決して難しいコースが好きなわけではないんですけど、

こういうところに来るとかなり頭を使いますし、自分がレベルアップできそうな気がして、

すごく楽しいんです。毎週、毎週、違うコースでやって、

自然にレベルアップできているなっていう感じです」

そんな松山の練習ラウンドを見守っていた青木功プロは

「ここまで十分な成績を残しているけど、英樹はまったく満足していない。

ゴルフには『完璧はない』ということがわかっている。

だから、アプローチやバンカーの練習を何度も繰り返して、どんどんバリエーションを増やしている。

なんか、自分の子供のころによく似ているんだよね」と、

松山の成長の速さに驚きを隠さず、その要因は「彼の練習に対する姿勢にある」と評価しています。

 

プロデビュー初年度で早々にツアー優勝を飾り、メジャーの「全米オープン」では、

初出場でトップ10入りを果たしたのですが「全米オープンも『優勝だ!』って言われたら、

本当にうれしいですけど、10位ですからね。今まで、いろんな先輩方が

トップ10以内に入っているのに、自分の10位という結果が騒がれても

『なんでだろう』という違和感があります」と答えるその言葉に、

慢心や驕りはなく、次のステージに備え「勝てなかったときは、

『なんで勝てなかったんだろう』という疑問が常に出てきます」と話しています。

公言し続けている「海外メジャー制覇」をつかみ取るためには、

今、何をすべきなのか。ただそれだけを本気で考えて、日々ゴルフに取り組んでいるのです。

「やっぱり、メジャーを獲りたいです。どれでもいいですというより、欲を言えば、

全部勝ちたいです。今まで日本人が勝てなかったのは、

それを意識し過ぎているのかな、と思います。

日本人だから勝てないとか、そういう思い込みが強いんじゃないかと」と語る松山は、

何の疑いもなくメジャー勝利を信じ、真っ直ぐに目標の実現を見据えているようです。

 

青木プロは「オレに『63』が出せたんだから、日本人の誰だって、

英樹にだってできることだよ。とにかく英樹には『オレがいちばんうまいんだ』という

自信を持ってプレイしてほしいね。練習でも、この大自然と友だちになろうとしているから、

楽しみだよ」と期待を寄せていましたが、予選ラウンドでは、

世界ランキング2位のローリー・マキロイと、メジャー通算4勝で、

直前の大会「スコットランドオープン」を優勝したフィル・ミケルソンと同組に入り、

世界ランキング1位のタイガー・ウッズらとともに公式会見にも呼ばれましたが、

世界中が松山の実力を評価し、注目しているということなのでしょう。

 

初日はZ・ジョンソンが午前中の穏やかな中「66」をマークし単独首位で終え、

タイガーはP・ミケルソンと並び9位タイのスタートでしたが、

松山は5バーディ・5ボギーの「71」で21位タイで初日を終えました。

2日目を終え通算8オーバーまでの84人が決勝ラウンド進出を決めましたが、

日本勢は松山と片山晋呉の2人しか予選をクリアすることが出来ませんでした。

メジャー4大会の出場資格を得る上で、日本ツアーの選手は大変手厚く優遇されています。

特に「全英オープン」には日本人が出場できる枠が毎年5~8人分ほどもあり、

大挙してやってきては大挙して予選落ちしていく惨劇の繰り返しでしたが、

気候が穏やかな今年も同じことが繰り返されてしましました。

 

初日とは真逆の風が吹き、スコアを落とす選手が続出した2日目の松山は、

粘りのゴルフでミスを最小限に抑え、73でホールアウト。

同組のP・ミケルソンの74やR・マキロイ75を上回るスコアで通算2オーバーとし、

前日より1ランクアップの20位タイに浮上しました。

単独トップの49歳ミゲール・A・ヒメネスに5打差と、

週末に向け楽しみなポジションを確保し予選ラウンドを終了したのですが、

2位にはタイガー、L・ウェストウッド、H・ステンソン、D・ジョンソンのビックネームが続いていました。

 

2日間の松山とのラウンドを終えP・ミケルソンは「彼には安定感がある。

ショットも素晴らしいし、肝心なところでパットも決めてくる。週末が楽しみだね。

本当に大したものだ」と最上級の褒め言葉で松山を激励していました。

当の本人は「ショットがいい感じ。普段打てないショットが打てている」と

手応えを口にしており、決勝ラウンドは「ミスの少ないゴルフ」をテーマに

臨むことを明らかにしていました。

松山にとってこれが4度目のメジャー挑戦でしたが、

そのすべてで「第1の目標」である予選通過をして見せたのです。

 

3日目には一時4位まで順位を上げた松山でしたが、

終盤にスロープレーで1打罰が科せられたことは本人はもちろん、

テレビを見ていたファンも驚かせることになりました。

ルールオフィシャルは前の組との間隔が空きすぎたためということでしたが、

後続の組が詰まっていたわけではありませんでした。

また前の組はリンクスに慣れたシニア二人の組み合わせで、

優勝争いから脱落していたためペースも速まったのでしょう。

事態を見ていて私が思い起こしたのは、今年の「マスターズ」と「全米オープン」でした。

アジア・アマチュア予選で優勝し、今年のマスターズに出場していた

14歳のグァン・ティンランが、予選通過のかかる2日目のラウンド中、

やはりスロープレーで1打罰を科され、予選通過が危うくなる出来事がありました。

「14歳の少年に厳しすぎるのではないか?」「米ツアーの試合では、

彼よりスローなプロがたくさんいるのに」と、米メディアの報道の多くは、

マスターズ委員会の決定に批判的でグァン・ティンランに同情的な論調でしたが、

本人は「ルール・イズ・ルール従うのみです」と素直に受け入れ、

最終的に、グァン・ティンランはローアマに輝いています。

その翌朝、タイガー・ウッズの2日目のドロップ処置が問題化し、

失格かどうかが取り沙汰されたのですが、ペナルティにとどまるという事件がありました。

米メディアの多くは、これに対しても「マスターズが裏のある陰った大会になった」と

批判していました。ルールに対する知識や認識の低さが露呈したタイガーが、

自身で失格を申し出なかったことに違和感を覚えたルール解釈でした。

 

その2か月後に開かれた「全米オープン」で、大会を主催する

USGAから「プレーのペースを見直すキャンペーンのお知らせ」が世界へ向けて発信されています。

それは「スロープレーはアマチュア界でもジュニア界でも大きな問題であり弊害である」として、

タイガー・ウッズや元女王のアニカ・ソレンスタム、ハリウッドの巨匠クリント・イーストウッドらが

「スロープレーをなくそう」と呼びかけるものでした。

男女を問わず米ツアーでもスロープレーは常に問題化しているのは事実です。

そのためかこのキャンペーンには、USGAのみならずLPGAや

PGAオブ・アメリカも加わり、その輪が広がっていきました。

発表に合わせて「全米オープン」が開催され「スロープレー撲滅」がスタートしたのです。

そして迎えたのが次なるメジャー「全英オープン」でした。

マスターズ委員会もUSGAもスロープレーに対してアクションを起こしたのだから、

同じルールの番人として「R&Aとしても何かをしなくては!」ということだったのではないでしょうか。

 

1打罰を科せられた松山が激しい怒りを露わにしたのは当然のことでした。

「せっかく上位が狙えるポジションで戦っているのになぜ?と思ったことでしょう。

松山と同組だったジョンソン・ワグナーは「メジャーの3日目のラウンド終盤に

上位で戦っていた選手のプレーの仕方という意味で、

マツヤマが罰打を受けなきゃいけないほどスローだったとは絶対に思わない。

R&Aの判断はあまりにも酷でアンフェア。

R&Aはもっといい判断ができたはず」と酷評しています。

 

しかし規定の所要時間を超えてショットに時間をかけてしまった以上、

罰打の対象になるのは仕方のないことです。

松山の怒りは、感じた疑問がその場で解決できないままプレーをすることとなり、

警告を受けた後に16番のバーディパットを決め切れず、

17番で左に曲げギャラリーの背中に当ててしまい、

お詫びとして使っていたグローブにサインをしてから2打目の準備と時間がかかり、

ペナルティを宣告されるという一連の流れに対してで

「何で?と意味がわからないことに怒りを覚えて、そのまま最後まで来てしまった」と、

17番のボギーは1打罰のために、18番のボギーは怒りのために落とした1打となりました。

「全英オープン」では各組にオブザーバーという役割の人物がおり、

松山の組のオブザーバーは日本人でした。

スロープレー警告や計測開始を松山に直接伝えたのは、

この日本人オブザーバーということです。17番の2打目を打ち終えたあと、

1打罰が科せられたことを伝えたのも、このオブザーバーでしたが、

松山に詳細を伝えたのか、伝えなかったのかは、今となっては本人にしか判りません。

R&Aのルール委員長は「言葉の問題、障壁だね。マツヤマは今後、英語を学ぶ必要がある」と

言葉の問題として始末したかったようです。

しかし通常4人ものルールオフィシャルが付くと異常を感じるはずです。

プレーに必死な本人は別にして、キャディが外国人だったらどうだったでしょう。

ルールオフィシャルと顔見知りで会話のできるキャディであれば

「どのタイミングで測定を始めるの?」といった質問も可能なはずです。

 

石川には経験豊富な外国人キャディが必要と、

何年も前から述べてきた理由はこの辺にあります。

言葉の問題ということですが、大学生の英語力が否定されているのは、

日本の英語教育を否定されているのと同じことです。

日本の英語教育は耳で聞いて英語に慣れることより、

目で見て認識し考えるという教育をいまだに続けています。

何の役にも立たない文法を教えるのは、

日本人による英語教育の管理がしやすいからなのでしょう。

つまり日教組が管理しやすいということですが

、受験のための英語は海外では通用しません。

中学や高校の英語教師が外人とまともに話せないという、日本の英語教育の現状は異常ですが

「タイガーみたいに強くなればいいということですね」と、

自分なりの解決策を見つけた松山は最終日を迎え「もう忘れました」と凛として答えていました。

 

最終日前半の優勝争いはトップのL・ウェストウッドと2位タイガーとH・メイハン、

4位のA・スコットの争いでした。初日から見ていた私は「タイガーは空回り」、

L・ウェストウッドとA・スコットにショット抜群のH・ステンソンの争いで、

P・ミケルソンは2日目も4パットで順位を下げたように、

必ず上がってくるものの「ショートパットがカギ」とブログに書き込んでいました。

そして松山にもチャンスはありました。前半をイーブンで折り返し

13番でバーディを奪い期待が高まりましたが、

17番で2.5mのバーディパットがカップに蹴られ、

18番でもわずかにショートと「両方とも入っていたらプレーオフに入れましたかね?」と

上機嫌で答えていました。「3日目までの3パットが無ければ優勝できたと思う。

ミスパットが多すぎた」と反省しての6位タイフィニュシュでしたが、

肩で風を切るように歩く姿はなんとも逞しい限りです。

 

優勝争いは13番でバーディを決めたP・ミケルソンが、

14番でも連続バーディで1アンダーと優勝戦線に浮上。

17番で難しいショットを攻めきりバーディを奪うと、ゾーンに入った目つきで

最終ホールもピン奥3mから決め、問題のショートパットを打つことがなく優勝を決めました。

初日に松山が連続ボギーの後17・18番を連続バーディで上がったのを目の当たりにして

「自分がやりたいゴルフで、彼のカムバック能力はすごい」と評価した、

初日の松山と同じことを「サンデーバックナイン」でやってのけたのです。

 

ショットの精度では遜色なく戦えた松山の課題は勝負どころのパッティングだけです。

しかしP・ミケルソンの優勝に、影響を与えた「カムバック能力」の高さは

これからの戦いに大きな武器と言えるでしょうし、「サンデーバックナイン」に

その能力が発揮された時に「メジャー優勝」を勝ち取ることになるでしょう。

第3の矢 7月15日号

国内男子メジャーの第2戦「日本ゴルフツアー選手権」が

千葉県の総武カントリークラブで開催されましたが

全米オープンで10位という好成績を収めた松山英樹と

出場すら叶わなかった石川遼の直接対決が話題になりました。

いまだに実績という面では石川が依然として上で、復調の兆しを感じさせての参戦でした。

米ツアー開幕序盤は予選落ちが続いていたのですが、

2年ぶりに決勝ラウンドに進出したマスターズ以降、

石川の状況は好転を見せていました。

連続で予選通過も続き、シーズンの目標であるシード権保持に

期待が持てる内容になっていただけに、石川が底力を見せてくれることを

秘かに期待していたファンも多かったはずです。

 

予選ラウンドで同組になった石川と松山との直接対決で、

いやがうえにも高まった周囲の期待と注目は大会開始早々に萎んでしまいました。

初日2位で滑り出した松山に対し、石川は最下位でスタートし、まさかの予選落ちとなりました。

「日本ツアーを守り立てたい」そんな思いで出場を決めた大会は、

石川にとって自身の置かれた現状を痛感させられる辛い大会となりました。

もともと石川はスピードがありながらも安定したスイングアークを持つ松山に対して

「テレビで見ていて『このスイングをする選手には絶対に飛距離で勝てない』と思って、

悔しさもありました」とライバルのことを語っていました。

初日の対決では、久々に目の前で幾度となく繰り返される

スピード感抜群の理想のスイングに、石川はなすすべもなく

自身のプレーリズムを崩してしまったように感じました。

2日目の終盤、松山はショットのタイミングが合わず、

フィニッシュでクラブから右手が離れてしまうシーンも多かったのですが

「こっちからするとミスショットも悪くない。まっすぐ飛んでいるように見える。

でも英樹のなかでは何かが違うように感じた」と、直接対決を語っていますが、

現状で目指すレベルが違ってしまったことを認識させられ、

松山との差をストローク以上に大きな差として感じていたのではないでしょうか。

さらに石川は「僕の問題点や課題を考えてみたときに

『ああ、英樹はこういう悪いスイングしてないなあ』って思うんです」と、

その違いを冷静に分析もしていました。

今季の石川は、5フィート以内でのパット成功率が全体で180位となる93%でした。

渡米する前から悩まされ続けている「パッティング」の改善が大きな課題となっていましたが

「手先の感覚を養いたい」と、ヘッドが小さくグリップの細い、

扱いの難しいパターを決して変えようとはしませんでした。

そして大会初日も、序盤から1メートル強のショートパットを外し続けて

流れに乗れないという惨状を、ライバルに見せてしまったことが石川に変化を与えた様です。

初日のラウンドを終えると、石川は急にヘッドの大きなパターに変えて練習を始めたのです。

そして、このパターで挑んだ2日目、石川は「65」とライバルの前で爆発して見せたのです。

松山と互角に戦えなかった現実に直面し、自身の立ち位置を客観視できたことで、

石川は何かを掴むことができたのかもしれません。

 

ジュニア時代からお互いに意識してきたライバルが、

いつの間にか自分をしのぐスピードで成長を遂げた姿を目の当たりにして

「2人とも同じルートではないけれど、メジャーで勝つという目指すものは変わらない。

英樹の結果に刺激を受けるというのではなくて、

存在そのものが僕の中で大きい」と語っていましたが、

次回の直接対決が楽しみになりました。

 

そしてこのメジャー大会は23歳の期待の新鋭が制しました。

優勝した小平智は自身3度目の最終日最終組でしたが、

2位に1打差の単独首位から「70」で回り、通算14アンダーで逃げ切り勝利。

僅差の争いが続いた「サンデーバックナイン」を制し、

ツアー初勝利をメジャータイトルで飾りました。

通算13アンダーの2位タイに、S.K.ホと、タイのキラデク・アフィバーンラトが入り、

通算12アンダーの単独4位にS.J.パクとアジア勢が上位を占めましたが、

首位に7打差の21位タイからスタートした松山は8バーディを量産するなど、

この日のベストスコア「67」をマーク。通算10アンダーの7位タイに浮上して4日間を終えました。

 

小平は課題としていた「パッティング」についても「今年はアジアンツアーのQTや、

全英オープンの予選会に出場して、早くから試合勘を得るために色々やってきた」と、

オフの時期の取り組みが結果を残したということでしょう。

昨年の「PGA・JGTOチャレンジ」を含め下部のチャレンジツアーでは既に2勝を挙げています。

しかし「川村や松山、浅地みんなアジア大会でも一緒だったメンバー。

早く追いつかないといけない」と、日本代表として戦ってきた同世代より

一足早くメジャーチャンプとなりました。

小平は6番までに4つのバーディを奪い順調にスコアを伸ばしたのですが、

7番パー3でティショットを池に入れてダブルボギーを叩き9番もボギーと、

この時点で追い上げてきたK・アフィバーンラトに並ばれてしまいます。

「スタートから特別な緊張感は無かったのですが、あのダボで緊張し始めました」と

話す小平ですが表情にはまったく出さず、その後も攻めのゴルフに徹しました。

10番のパー5でイーグルを奪い抜け出しますが、11番のボギー以降は

チャンスにつけることが出来ず、終盤にはS.K.ホと通算14アンダーでの首位併走と

緊迫した優勝争いが続きましたが、勝負の分かれ目は17番でした。

1つ前の組でラウンドするS・K・ホがティショットを左ラフに入れて2打目をレイアップ。

結果3オン2パットで13アンダーに一歩後退。

対する小平もティショットは左サイドの深いラフへ。

その2打目地点にたどり着いた小平は、ボールのライを上から確認し、

攻めの9番アイアンを選択したのです。

「正直、初日のショットが頭に浮かびましたよ。でも、S.Kさんと並んでいると思ったので、

レイアップは考えませんでした。初日は芝が濡れていて、池に入れてしまいましたが、

今日は芝が乾いていたので、気合いで打ちました」と、

初日に同じような状況からダブルボギーにしてしまったホールで、

渾身の力を込めて放ったショットがグリーンをとらえたのです。

初日に16番を終え6アンダーのトップで迎えた17番、

最終日と同じ様な状況から池に打ち込みダブルボギーとし、

最終18番もダブルボギーで25位まで順位を落とした夜

「自分にムカついて、このままでは終われない」と、

悔しさを晴らすため宿舎の近くをジョギングして気合いを入れなおしたそうですが、

その強い想いが感じられるスイングでした。

グリーンに上がった時点で自分が単独首位に立ったことを把握すると、

2パットのパーで切り抜け、最終18番も2オンに成功して、

5メートルのバーディパットは打ちきれずに苦笑いを浮かべたものの、

1メートルのパーパットをしっかりと決めて見せたのです。

S・K・ホは3日目を終えたところで「このコースはトップであの位置を守るよりも、

1歩引いて攻めていく方がいい」と話していました。

その言葉通り最終組の一組前でプレーし、スタートでバーディを奪うなど攻めのゴルフを見せ、

12番までに3つスコアを伸ばして首位タイに並びかけるなど

まさに狙い通りの展開に持ちこみ、若い小平をとらえたかの様に思われました。

しかし12番以降はバーディを奪えず17番ではボギーを叩いて首位の座から転落。

結局優勝には1打届きませんでした。

S・K・ホは敗因として「4番ホールの3パットでのボギー」を挙げています。

またK・アフィバーンラトも序盤から小平とバーディ合戦を繰り広げるなど

積極的なゴルフを展開し、12番を終えた時点ではこちらも首位タイに並びかけましたが

13番、15番のボギーで失速。飛距離のアドバンテージを生かして、

17番でバーディを奪いますが、結局優勝には1打届きませんでした。

K・アフィバーンラトも敗因として「13番ホール、3パットのボギー」を挙げています。

15番ホールもボギーとしましたが、これは13番のボギーを取り戻そうと

ショットで攻めた結果でした。1つのイーグルと3つのバーディを奪うなど、

良いゴルフを展開していただけに「勝負どころでの3パット」が

勝敗に大きく影響を与えました。

 

「10アンダーを目指しました」と語っていた松山は、

スタートホールで4メートルのバーディパットを沈めると、

そこから怒涛の4連続バーディとギャラリーを沸かせます。

5番ではセカンドをスタンスの取りにくいバンカーに入れるピンチを招いたものの、

ここを見事にパーセーブ。続く6番ロングホールでもほぼ2オンに成功し難なくバーディと

わずか6ホールでスコアを10アンダーまで伸ばし優勝戦線に浮上して見せたのです。

7番8番とパーを重ねて迎えた9番ホールでは、セカンドのクラブチョイスを間違え

グリーンオーバー。このホールボギーとして一歩後退しますが、

続く10番ロングできっちりバーディ。

さらに12番ホールでも7メートルのバーディパットを沈めて

トータルスコアを11アンダーまで伸ばしたのですが、

13番ショートホールで3メートル下りのバーディパットをオーバーして3パットと、

大事な局面で痛いボギーを叩いてしまいました。

松山自身も「流れを止めてしまった」とこのホールの3パットを悔やんでいました。

その後は何としてもバーディを取りたい15番ロングで、

ティショットのミスからボギーとしてしまうなど、

流れが悪くなり9アンダーまでスコアを落とします。

しかし「12、13アンダーくらいまでいければ…」と最後の望みをかけて

16番でピンを挿すスーパーショットでバーディを奪い

10アンダーに戻しましたが、残り2ホールはパーでホールアウト。

メジャーの舞台、特に「サンデーバックナイン」という勝負どころでの3パットは、勝敗を左右します。

2008年「日本アマチュアゴルフ選手権競技」で2位になった小平は、

09、10年とナショナルチームで日本の代表選手として活躍しています。

10年にはアマチュアとして出場したJGTOチャレンジツアー

「鳩山カントリークラブ・GMAチャレンジトーナメント」で優勝を果たすと、

大学を2年間で中退しプロ転向と、期待の持てる逸材でしたが「パッティング」が課題でした。

デビュー初年度は13試合に出場し6試合で予選落ち。

自身の最終戦「カシオワールドオープン」では3位で3日目を終え、

初の最終日最終組を経験したのですが、優勝すればもちろん、

単独2位に入っても翌年のシード権獲得という状況に、

最終日はスコアを1つ落として11位タイに脱落し、

シーズン終了後に行われる6日間競技のQTに進むことになりました。

QTは18位で通過し、12年もレギュラーツアーを主戦場とすることになったのですが、

10試合で決勝ラウンドに進出したものの優勝争いに絡むことなく、

再びQTに挑戦することになりました。

前年を下回る24位でなんとかレギュラーツアーへの道をつなぎ

「もうクオリファイには出たくない。この6日間競技は精神的にも辛いです」と語っています。

小平がツアーで戦うモチベーションを維持してきたのはライバルの存在だったといいます。

ジュニア時代から同学年で戦ってきた薗田峻輔や藤本佳則が、

プロ転向後すぐにツアー優勝を果たし、2学年下の石川は賞金王を獲得。

さらに米ツアーに本格参戦と遠い存在となりましたが

「あいつらに出来るんだから、自分にも出来る」と、今シーズンを迎えていました。

オフから体力を強化すべくトレーニングを続け、

試合が終わった夜もランニングを行い飛距離アップへの筋力強化を図っているといいます。

ドライバーの飛距離は安定して300ヤード近くになり、方向性もアップ。

飛距離とフェアウェイをとらえるトータルドライビングの部門では

ツアーで1、2位を争うほどに成長しています。

今シーズンの小平は、開幕戦で13位タイに入ると、

2戦目は62位タイでしたが、今季メジャー初戦

「日本プロゴルフ選手権大会・日清カップヌードル杯」で単独5位。

さらに「ダイヤモンドカップゴルフ」で6位タイに入るなど好調を維持して今大会を迎えていました。

「過去に追われる立場で最終日を迎えたことはありませんが、

こんなチャンスはないので優勝したい」と、メジャー大会でのツアー初優勝を目指して挑み、

スコアを2つ伸ばして苦しく辛い「サンデーバックナイン」を逃げ切って勝利を掴みましたが、

2勝目も近そうに思います。

 

11年の2月、タイトリストと用品契約を結んだ小平は、

PGAツアーの見学をするために「ノーザントラストオープン」の会場に姿を見せていました。

世界最高峰の舞台で戦う選手たちのスイングを見つめていた21歳の青年は

「すごいですね、いつかこの舞台でゴルフがしたいです」と目をキラキラ輝かせていたそうですが、

この大会での勝利で飛び込んできた米国男子「WGCブリヂストンインビテーショナル」の出場資格、

さらに「全英オープン」と、海外での試合出場を自力で獲得してみせたのです。

「プロとしてゴルフをするからには、憧れの舞台ですから、自分がどこまで通用するか、

力いっぱい試してきたい」と抱負を語っていますが、

石川、松山、小平のメジャーでの優勝争いが見てみたいものです。

大器であることは間違いない薗田俊輔や宮里優作も触発されて活躍すると

「チームジャパン」として、日本の男子ツアーにも大きく期待が膨らみます。



 

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