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打ちっぱなし(内輪話)

チームジャパンのリーダー 11月1日

「プレジデンツカップ」に出場した松山英樹が、初日のフォアボールマッチの最終ホールで、

チームにポイントをもたらすスーパーショット放ち「恐れを知らない男」と現地メディアに評され

「今まで見た日本人で一番いい、彼は精神的に強い」と知名度を上げました。

世界ランク2位のアダム・スコットと4試合をともに戦い、

終盤はパットに苦しんだA・スコットの代わりにラインを読むこともあり、

タイガー、マット・クーチャー組にも一歩も引かない戦いぶりを見せたのです。

 

松山は「相手選手は気にならなかったけど、組んでいる相手が世界ランク2位の選手なので、

自分の中でどこか足を引っ張っちゃいけないとか意識していたのかもしれない。

同じチームなのに逆に」と、いつもと違うプレースタイルに

大きく揺れた心理状態を打ち明けています。

また「池にも入れたけど、ショットはほんとうに紙一重だった。

パッティングも自分のいいストロークができて入らなかった。

“ラインを読む力”とか“風を読む力”とか、いろんな部分を伸ばしていかないといけない。

あとはショートゲームの差。150ヤード以内の精度がどの選手もすごくて、

自分みたいにミスしている選手はいなかった」と、さらなる飛躍のための課題も見つけたようです。

今回の会場はPGAツアーの「メモリアルオープン」が開催されていることで、

多くの選手が慣れ親しんだミュアフィールドビレッジGCでした。

ここをホームコースとするジェイソン・デイが世界選抜トップの3,5ポイントを

獲得したことでも分かるように、マネジメントが重要な戦略的なコースです。

24人中ただ1人、今週が同コースデビュー戦となった松山にとっては不利な面もありましたが、

課題はマッチプレーでの戦い方に対応できていなかったことでしょう。

松山が経験したマッチプレーといえば、「日本アマチュアゴルフ選手権」が

唯一といっていい舞台です。「日本学生ゴルフ選手権」「アジアアマチュア選手権」

「日本ジュニアゴルフ選手権」など、アマチュア時代に数々のタイトルを

獲得してきた松山ですが、「日本アマ」はベスト16が最高位とマッチプレーは苦手なようです。

ストロークプレーとマッチプレーでのプレースタイルについて

「同じです。だから勝てないんじゃないですか?」と松山本人も認めているように、

相手を気にせず、自分のゴルフに集中する松山のプレースタイルが、

局面ごとに攻め方を変える「マッチプレー巧者」の術中にはまっていた可能性はあるでしょう。

通算成績1勝3敗1分、1,5ポイントを獲得したのが

「プレジデンツカップ」初挑戦となった松山の戦績でした。

2年に1度の大舞台は、次回は韓国で開催されることになっています。

「高いレベルで噛み合った楽しさは、今までにないくらいの経験だった。

すごく良かったと思う」と、充実感に浸った1週間だった様です。

「2年後にコイツは文句なしに選ばなくちゃいけないっていう状態になっていないといけない。

そこを目指してやっていきたい」と語りましたが、

次回のアジアでの戦いまでに、課題を克服してくれることでしょう。

 

米国カリフォルニア州にあるコルデバレーGCで開幕された

「フライズドットコムオープン」は、PGA新シーズンの開幕戦でしたが、

新メンバーとなった松山と、2年目の石川が揃って開幕戦を迎えたのです。

「プレジデンツカップ」から転戦の松山は、火曜日に石川と練習ラウンドをこなしました。

終始和やかな雰囲気で、時折会話しながらのラウンドを楽しんだ2人でしたが、

疲労の色を隠せない松山と、万端の準備を整えて乗り込んできた

石川の雰囲気は対照的でした。

「プレジデンツカップ」での過酷な1週間と、12時間の移動の末に現地入りした松山は、

「疲れていますよ、でも、嫌な疲れ方じゃない。充実した疲れだし、

自分にとって良かったなと思う疲れ」とポジティブに語っていましたが、

ラウンド中は足取りが重く、疲れの色は隠せませんでした。

 

一方の石川は「ウェブドットコムツアー選手権」終了後、

早めに西海岸へと移動し、先週はラスベガスで次週開催コースを2ラウンド。

日曜日に現地入りし、万全の状態で「いい感じだと思います。

あとは試合でどこまでできるか。準備や、コースチェックは良い感じでできている」と語り、

ツアー2年目を自力で迎えた余裕も感じられました。

「いろんな人に会って、今年もまたPGAで会えて良かったと

声を掛けられることも多いので、昨シーズンとは雰囲気が違いますね」と、

心身ともに充実してのシーズンインとなりました。

 

石川が「スイングとかは勉強になるし、刺激になる」と言えば、

松山は「アプローチとか、学べることが多い」と、

行動を楽しみにしていたライバルの共闘が始まりました。

PGAツアーというと、ここ数年は今田竜二しかいませんでした。

日本語で話す相手も、練習ラウンドを一緒に回る相手もなく、

今田は「寂しいという感情は当然あった」と打ち明けています。

何より、モチベーションアップの面で「一人はしんどかった」と振り返っていました。

松山はこの夏、米ツアーのシード権が確定した時、「遼は?」と石川を気遣い、

石川は「ヒデキなら絶対やると思っていた」と、松山の健闘をたたえていました。

石川は「ゴルフや性格で、リオとマツヤマは何が違う?」と質問された際に、

石川は英語で「僕はしゃべるのが好きで英語も好きだけど、

彼は日本語でもペラペラしゃべらない。ゴルフも全然違う。

彼の方がアグレッシブ」と答えています。

アグレッシブなイメージの強かった石川が、

松山を自分以上に攻める男だと言い切ったのです。

お互いが心配したり、尊重し合ったりできるライバル関係は素晴らしく、

大きなプラスになってくれることでしょう。

 

石川は首位と5打差、松山は首位と6打差で迎えた最終日。

どちらも逆転による米ツアー初優勝を狙える位置にいたことは間違いありません。

松山は1番をバーディ発進し、3番、6番、7番とバーディを重ね、

首位との差を5打、4打、3打へと縮め期待を抱かせました。

しかし8番でフェアウエイから打った第2打を、グリーン左奥へオーバーさせてしまいます。

3打の寄せはグリーンに乗らず、第4打も寄せ切れずショート。

ボギーパットは沈めましたが、逆転への「流れ」を絶ってしまうボギーでした。

9番のパー5は初日も2日目も3日目もバーディを奪ったホールでしたが、

8番からの流れで、このバーディホールのティショットを大きく右に曲げてしまします。

ボールは赤杭の区域の中の溝の中でしたが水がないので、

そのまま打ち脱出しなんとかパーを拾いましたが、心中穏やかではなかったことでしょう。

 

その後も伸ばせず14番はボギー、パー5の15番は左エッジに4mとほぼ2オンしながら

イーグルパットがカップをすり抜け、返しの大きく曲がる1mを外しパーでした。

しかしこのホールはグリーン左にウォーターハザードがあり、

ほとんどの選手が右に逃げる中、唯一ピンをデットにアグレッシブに狙った

レベルの高いショットでした。

15番のグリーンは傾斜が強く、カップ際で大きく曲がるピンポジションに苦戦する選手が多く、

優勝争いに絡んできたV・シンが松山と同じように短いバーディパットを外し脱落。

石川も手前からのファーストパットを大きく左に外し、返しを外す3パットというホールでした。

しかし、松山は上がり3ホールすべてでバーディを奪い、3位に食い込んだのです

15番までの嫌な流れを補うような一打が、16番で打てたのが収穫だった」と語りましたが

「いいスタートを切ったのに、途中から失速して、勢いを最後まで続けられなかった。

後まで勢いを続けられなきゃ逆転優勝はなかなかできない。

途中でどういう気持ちの持っていき方をするか。そこを勉強したい」と、語っていますが

初戦から素晴らしい成績でした。

石川は「4日間で一番うまくいかなかった日」と21位に終わりました。

2、3番をバーディで好発進したのですが、5、8番のボギーで脱落してしまいました。

しかし過去の最終日と比べ「緊張がスイングに出ず、無心で打てた」と振り返っているように、

ショットの完成度は素晴らしく戦える状態だったのですが、

やはり問題は「パットのタッチが合っていなかった。

タッチを掴み切れずに終わってしまった」と語るパッティングでした。

伸ばせないまま迎えた14番では、4mのバーディチャンスを読み切れなかったのか、

はじめから30センチも左に打ち出してしまうミスパットでした。

その違和感の流れで15番は3パットになったのでしょう。

16、17番もバーディチャンスを決めきれずに終戦でしたが、

今までの石川とは違いこれからは松山が一緒にいます。

プライベートな時間を一緒に過ごすことが刺激になり、

以前の様に悪い流れを引きずることはないでしょう。

 

「満足感はほぼゼロ。でも充実はしている」と、初戦の感想を語っていた石川は、

PGA第2戦「シュライナーズホスピタルforチルドレンオープン」の最終日に爆発しました。

通算12アンダー、5位タイから、米ツアー自己ベストに並ぶ「65」をマークし、

2012年「プエルトリコオープン」で記録したベストフィニッシュに並ぶ

2位で4日間の戦いを終えました。

1日4アンダーペースの通算16アンダーを自身に課し、最終日をスタート。

1番では第2打を60センチにつけ、バーディ先行の好スタートでしたが、

2番では25メートルから3パットでボギー。

5番パー3では、ティショットを再びピンそば60センチにピタリとつけてバーディと

ショットの好調さが目立ちました。

首位のW・シンプソンに3打差と迫った17番パー3では

「今までだったら怖くて右のバンカーに逃げたショットだと思うんですけど、

スイングがぶれることなく打てたっていうか、あのショットはすごい価値があった」と、

196ヤードのティショットを7番アイアンでピン方向にまっすぐに狙い、

奥5メートルからのバーディパットも沈めてみせました。

最終ホールは、「情けない上がり」と唇をかむボギーフィニッシュでしたが

「自分のリズムでやれたし、4日間の中で一番良かった。

勝つためにはこういうことが必要だと思う。

やっぱり上位でフィニッシュするということが選手を成長させるのかなと思います」と、

改めて感じている確かな手応えを、笑顔で語っています。

 

世界ランクを上げていくには「最終日こそ3m~6mぐらいのパットが入りましたけど、

3日間はまったく入っていなかったし、4日間で10m以上のロングパットが一度も入らなかった。

それでこの位置というのは、今までとはちょっと違うなと思います」と語るように、

やはりパッティングだと本人も強く感じているようです

ホールアウトした石川は、取材陣への対応後、

真っ直ぐ練習グリーンに向かったといいます。

4日間の戦いを終えたばかりで、練習する選手などまずいません。

誰もいないグリーン上で、短い距離のパッティングを繰り返した様ですが、

石川にとってはいつもと変わらぬ行動です。

辛辣なバッシングをあざ笑うかのように結果を残しましたが、

ワールドカップでも活躍してくれそうです。

真摯に取り組む、いつものその「姿勢」は、

「チームジャパン」のリーダーとしても期待が持てます。

 

チームジャパンの可能性 10月15日号

このコラムが掲載される段階で「フライズ・ドットコムオープン」で開幕している

PGAツアー2014シーズンですが、日本からは松山英樹が

いよいよ米ツアーに本格参戦となり、ツアー2年目となる石川遼も、

今大会で新シーズンを迎えることとなりました。

PGAツアーは次週「シュライナーズ・ホスピタルズ・フォー・チルドレンズオープン」を

ラスベガスで行った後、「CIMBクラシック」をクアラルンプールで戦い、

WGC-HSBC選手権」は上海とアジアを転戦します。

その後「マクグラドレークラシック」、「OHLクラシック at マヤコバ」と舞台を移した後、

オーストラリアでの「ワールドカップ」を行い、約1か月のオープンウィークに入ります。

 

PGAツアーのシードを獲得した松山ですが、シード権確定前の「全米プロ」開幕時には

「シードのことを考えると、賞金がゼロではダメ。まずは予選通過をしなくてはいけない」と

目標を掲げていました。

最終日を迎えるにあたり「昨日は通算2アンダーがトップ10くらいだったので、

今日は15アンダーを目指してやっていた」とも語り、

「昨日までのフェアウェイキープ率は1位ですよね。

でも今日はたったの4回でしょう?」と、自身のデータを挙げ反省もしていました。

松山の今季PGAツアーにおける最終ラウンドの平均スコアは68.8と、

ツアーの正式メンバーではないため「参考記録」ですが、

今季5回以上最終ラウンドを戦った米ツアー選手のランキングと照らし合わせると、

1位に相当する素晴らしい成績でした。

自身の目標を見据え、終盤にスコアを作れるのは凄いことです。

 

「全英オープン」で、スロープレーでペナルティを科せられた松山ですが、

またしてもスロープレーで問題を起こしました。

松山がプレーオフで優勝した「フジサンケイクラッシック」で横尾要、

松山、SJ・パクの最終組が9番ティに向かう際、競技委員がスロープレーを注意したのですが、

注意を受けたのにも関わらず急いだのは横尾のみで、

松山とSJ・パクは一向に急ぐそぶりを見せなかったといいます。

横尾からすると9番でティグラウンドに向かう際に競技委員がから

11分遅れています」とスロープレーによる注意を受けた際に

5番のティグラウンドで前の組が詰まって待っていたのに

遅れているっていうのは」と納得しなかったようですが、自身は走りだし急いだのです。

しかし、同伴の松山、パクにも同様の注意がなされたにもかかわらず

2人は一向にペースアップしなかったということです。

そこで横尾は10番で競技委員に「誰が遅いか計測してくれ」と詰め寄ったのですが、

競技委員は明確な決定を示すことなくプレーは続行され、

結局2人の「プレースピード」は最後まで上がらず、一人急いだ横尾が脱落してしまったのです。

 

トータル7アンダーの6位タイに終わった横尾は「言い訳になるからあんまり書いてほしくない」

としながらも「今の若いやつはみんな遅いよ。ホールアウトしたら言ってやろうと思ったけど、

プレーオフになっちゃったからね」と同伴の2人のスピードの遅さと、

競技委員の対応も問題視していました。

「日本の競技委員は甘い。あんなのアメリカだったらすぐにペナルティ。

日本ではあれを見逃しているから、松山が全英でスロープレーをとられたりするんだよ」と

スロープレーの原因に厳正に対処しない競技委員にも一石を投じています。

プロ、アマを問わず「プレーファスト」はゴルフプレーの大原則です。

時間をかけてもいい場合と、かけてはいけない場合を

プレーヤーが判断しなくてはいけないのですが、

遅れた選手に罰則を適用していくのは当然で、

世界のゴルフ界では当たり前にやっていることを、

日本でもやっていかなければ、世界で通用する選手は育たないでしょう。

 

松山自身は「全英オープン」でスロープレーによるペナルティを受けたことで

「急いでいる」と語っていますが、飛距離が出るので後から打つことが多い松山が、

同伴競技者が打ってからクラブ選択をキャディとしているのを見ていると

「スロープレー」と見られても仕方ありません。

PGAツアーに参戦した先輩でもある横尾の「苦言」を

しっかりと受け止めてほしいものです。

今年の「全米オープン」ではタイガーやアニカ・ソレンスタムが

「スロープレーをなくそう!」と映像で語りかけるキャンペーンを

実施している米国で戦うには、決して早いとは思えない松山のプレースピードは、

改善が必要なことは間違いありません。

ツアー全体でスロープレーを問題視している中で、

ルーキーがこれまでと同じようにマイペースでプレーを続け

「スロープレーヤー」のレッテルを貼られるようでは、良い成績を残すことは望めません。

 

毎年5月に「ザ・プレーヤーズ選手権」が開催されるフロリダ州のTPCソーグラスですが

石川は米ツアーフル参戦1年目のシーズンをこの地で終えました。

しかしその舞台はアイランドグリーンでもおなじみで華やかな「スタジアムコース」ではなく、

その隣にひっそりとたたずむ「ダイズバレーコース」でした。

来季のPGAツアー出場権を争う下部ツアーの最終戦「ウェブドットコムツアー選手権」が、

石川の今季最終戦になりました。

「フェデックスカップランキング」で、フルシード獲得の

125位に届かなかった石川(141位)は、今年から新設された

ウェブドットコムツアーとの入れ替え戦「ファイナルシリーズ」4試合へ

向かうことを余儀なくされたのです。

第1戦は「気合いも入っていたし良い準備も出来ていたけど、

それがゆえに空回りしてしまった」と、調子が上向いていたにもかかわらず、

初日のボギースタートから流れが作れずまさかの予選落ちでした。

「初戦で痛い目にあって気付かされた」と、その後は「気持ちのコントロール」を

意識したラウンドで、第2戦で5位、第3戦で7位タイと本来のプレーを取り戻し、

来季シードの条件である賞金ランク25位以内というシード獲得のための最低条件を

最終戦前にクリアして見せたのです。

 

最終戦はさらにどれだけ優先順位を上げられるかをテーマにスタートしたのですが、

スタート前のインタビューでは、ここ2年ほど漂っていた

「悲壮感」と対照的な「笑顔」が印象的でした。

この4試合でもボギースタートの悪い流れは相変わらずでしたが、

そこからの「カムバック力」を身に付け、逞しささえ感じる姿に期待が持てます。

 

4日間の戦いを69686869と安定したスコアで終えましたが

「ビッグスコアが一日でもあれば」と思わせる内容に変わってきました。

この試合で8位タイに入った石川は13位で来季のシード権を獲得したのです。

初戦以降は3戦連続トップ10入りと、初ものづくしの環境の中、上出来の結果といえるでしょう。

「去年や今年の序盤よりゴルフは良くなってきた。

費やした時間は長かったけど、その分時間をかけて作ってきた

自分のゴルフは崩れにくくなってきているのかなと思う」と語っていますが、

自信に裏打ちされた戦う術は、苦闘の末に掴んだ大きな財産です

「今年は、なかなか日本のファンの皆さんに良いニュースを届けられなかったけど、

来年こそはと思っています」という力強い言葉に、石川の成長を感じます。

 

同学年の石川の、PGAツアー残留を受け松山は

「お互い目指しているものは優勝なので」と話し「チームジャパン」として共闘し、

頂点を目指すことを語っています。

米ツアーで通算8勝のKJ・チョイや「メジャーチャンプ」のY・E・ヤンをリーダーに、

韓国選手がチームとして行動し、異国の地で支え合い、

高め合っている姿を見てきた石川も「そういうチームというのは大事。

日本人同士で動けるのは心強い」と語っています。

8月の「全米プロ」などで練習ラウンドをともにしていますが、

移動や食事など米ツアーの1年先輩から得るものは多いだけに、

松山も「遼は先にやってやり方も分かってきているだろうし、

教えてもらいながら一緒にやっていきたい」と「チームジャパン」の結成を語っています。

 

石川にしてもPGAツアーに本格参戦した今季は、

腰痛の影響もあってレギュラーシーズンではシードを得られなかったなかで、

力になったのが同学年の松山の存在だといいます。

「英樹が物凄いプレーをしてシードを確定しているので

自分も頑張らなきゃという気持ちもあった。お互い切磋琢磨して来季もできるという、

安心感は大きい」と話し、同じ舞台に立てることを喜んでいます。

「状態が上がってきた形で秋からシーズンがスタートしてくれるので

自分にとってラッキー」と、新シーズンの戦いを見据え

「スポット参戦では自分の実力はわからない。こうして1年を通して戦って、

入れ替え戦でこの位置にいる今の自分の実力がこれ。それがわかった」と、

苦しかったシーズンを乗り越え、二人で臨む新たな挑戦にも期待が持てているようです。

 

「チームジャパン」候補といえば「日本ゴルフツアー選手権」を制した小平智と

「長嶋茂雄インビテーショナル・セガサミーカップ」で復活優勝を果たした薗田俊輔や

やはり初優勝をメジャーで飾っている藤本佳則でしたが、もう一人期待の新星が現れました。

パナソニックオープン」を、終盤の逆転で制した20歳の川村昌弘です。

「皆さんお疲れ様でした」の一言で始まった優勝スピーチは、

大ギャラリーから思わず大きな笑いを誘いました。

童顔ですが穏やかな口調は、戦いを終えたばかりのトップアスリートとは思えませんでした。

ゴルフを始めたのは5歳の時で、ジュニアがプレーする環境が整っていなかった小学生が、

自らお願いすることで門戸を開いてくれたのは地元、亀山市のパブリックゴルフ場でした。

朝から晩までクラブを振り続け、トップアマとなり、

福井工大付属福井高校時代には小平や松山とともに

「ナショナルチーム」のメンバーに選ばれています。

 

フィーリングを重んじ、いつも思い描くのは「どうやってボールを操るか」という一点のみで、

小さい頃から「スイングを作ろうとしたことがない」と語る個性派です。

手首を柔軟に使い、トップオブスイングが強くクロスに入る変則スイングですが

「これで良いスコアが出るのに、なんで直さなきゃいけないのか?」と、

アドバイスは聞いたことがないといいます。

専属のプロコーチから教わるのは、コースマネジメントやツアーでの戦い方といったことで、

ビデオカメラで自らスイングを撮影したことは「1度もない」といいます。

「好きなようにやってきた。教えてもらうことは好きじゃない」と語りますが、

ラッキーカラーは黒で、ボールも黒以外の色で数字や文字が入ったものは

使わないというかなりのこだわりを持っています。

どんなに日差しが強い夏場でも、最終日は上下、黒ずくめですが

「何物にも染まらない。黒なんで」と語りましたが、アジアンツアーとの共催競技での勝利で、

川村は両ツアーでの2年シード権を獲得しました。

「世界で戦いたい」と夢を語る「チームジャパン・NO1」の個性派の誕生ですが

「チームジャパン」の層が、さらに厚くなることを期待したいですね

 

年代別、戦い方の違い 10月1日号

「フジサンケイクラシック」でプロ3勝目を飾った「スーパールーキー」松山英樹の勝負強さを、

同じステージで戦う先輩プロゴルファー達は、どう捉えているのでしょうか?

決めれば優勝の1メートルパーパットを外し、プレーオフ突入を許したのですが、

18番を繰り返したプレーオフ2ホール目、S・J・パクがバーディチャンスに乗せた後、

松山が左フェアウェイバンカーからの難しい2打目をピンそば1メートルにつけ、

ただ1人のバーディを奪い、薄氷を踏む「逃げ切り劇」で今季3勝目を挙げたのです。

松山にプレーオフで敗れた谷原秀人は「難易度の高いショットをあれだけの精度、

ヒデキはすごい」と、大学の後輩を素直に評価しています。

 

国内男子ツアーは3月に行われた2試合の「アジアシリーズ」から始まり、

13試合を終えてシーズンを折り返しました。

開幕当初はベテラン塚田好宣が43歳にして初勝利を挙げ、

23歳の小平智の初優勝、薗田峻輔が復活優勝を果たし、若い力の台頭にも期待が持てます。

 

日本人のシード選手は61人ですが、そのうち、今シーズンを10代で迎えたのは2人、

20代は14人、40代は19人でした。ツアー経験を積み、

円熟期を迎えるはずの30代が26人と、最も多いのですが、

昨シーズン30代で優勝した日本人選手は2人しかいませんでした。

そして今年は松村道央が30歳の誕生日を目前にして5月の

「中日クラウンズ」を制したものの「フジサンケイクラッシック」終了時点で、

30代の勝者はまだ一人もいない状況です。

30代から50代の選手は、ゴルフ場や練習場の研修生からプロになった選手が多く、

長い下積みのなかで「失敗の記憶」の積み重ねから「ゴルフの怖さ」を経験し、

自分のプレースタイルを作り上げた選手ばかりです。

しかし、石川や松山の世代は、いきなりツアーに参戦し、

その成功体験から多くを吸収しています。

30代以上の選手たちが、プロテストやQTを確実に通過するために、

先輩達から教えられた方法は「いかにボギーを叩かないか」という考え方でした。

10代から活躍する世代は、タイガーをはじめ、世界のトッププレーヤーの

華々しいプレースタイルをテレビで見て育った世代で、

彼らが夢に描いてきたのは「いつか自分が米ツアー、海外メジャーで活躍する」ことなのです。

 

チャンスと見るやアグレッシブに、失敗を恐れずにバーディを奪いに行くスタイルは、

スタープレーヤーの成功例を参考に挑戦した結果「成功に成功を重ねる」ことで

自信をつけた「攻めのプレースタイル」ということになるのでしょう。

下積み時に身に付いた「ボギーを打たない」という

「守りのプレースタイル」を変えるのは大変なことです。

プレー中の考え方や、攻め方についても、シードを取った自負があり

大きく変える冒険はし難く、若手と同じスタイルで戦いに挑んだ結果

「シード落ちして、QTに行ってもいいという」覚悟が必要になります。

さらにスポンサーやファンからの期待は大きく、

私生活でも家族という「守らなくてはいけないもの」の存在を考えると、

プレースタイルを大きく壊すことに、躊躇してしまうのは当然なのかもしれません。

 

40代の谷口徹も、藤田寛之も、30代半ばに故障し、低迷した時期があったように、

体も30歳前後をピークとして変わりいくのです。

谷口はその日の体調に合わせて、練習量を大幅に調整して復活しました。

藤田は30代後半にしてウェイトトレーニングを始め、成績が上がりましたが、

加齢による体の変化をいち早く把握し、解決策を見つけた成功例です。

積み重ねてきた実績と経験が生むイメージと、結果とのギャップに戸惑うと

「スランプ」に陥るのですが、普通にできていたことが、できなくなっていることへの焦りから、

若いつもりでオーバーワークをしてしまい、結果として故障に襲われた選手も多いのです。

 

「あそこはいってはいけない」とか「ここで曲げてはいけない」というは

「守りのプレースタイル」ですが、経験で様々なことがインプットされてしまっている

プロゴルファーは、普段はそういうことが常に頭を過りながらプレーしているのです。

02年の「全英オープン」で優勝を飾ったE・エルスは「バックスイング中、

肩の上に小人が現れるんだ。そして小人が嫌なことを囁くと、

そのたびに私はミスする。プレーオフの最後のホールでも小人が現れて苦しかった。

だけど、それでも優勝できたことを私は誇りに思う」と、

優勝会見で不思議な話をして話題になりました。

E・エルスの「小人の話」はゴルフ界の語り草になったのですが、

プレッシャーのかかる状況下で必ず頭に浮かぶ「ネガティブ思考」の代表例ではないでしょうか。

E・エルスにはそれを「小人」に置きかえ、その「小人」の存在と向き合うことで、

メンタル面のコントロールができたため、優勝できたというだったのです。

E・エルスは1994年と97年の「全米オープン優勝」に続き

「全英オープン」でメジャー3勝目を挙げた時期で、米ツアーでほぼ毎年勝利を重ね

「タイガーの最大のライバル」と評されていた当時のE・エルスでさえ

「小人」というプレッシャーに「プレー中の集中」を妨げられたのです。

 

チャンスに強いバッターといえば「ミスタージャイアンツ」長島茂雄さんですが

「なぜプレッシャーに強いのですか?」という質問に

「こんなに緊張感のある良い場面で野球ができるなんて、

俺はなんて幸せなんだ。そう考えているんです」と答えています。

プレッシャーのかかる打席に自分が立てることに感謝をしていたということですが、

しかし誰にも負けない練習をしてきたという自負なのでしょう。

「自分より練習しているやつはいない、だから自分が負けるはずがない」と、

プレッシャーを主観的ではなく、客観的に突き放して捉えていたことになります。

長島さんはチャンスで打席が回ってくると「よし、来た!」と

「小人」との会話を楽しんでいたのでしょう。

 

スポーツに限らず「経験」というのは大きな武器であり、代え難い貴重な財産ですが、

ゴルフは「経験のスポーツ」とも言われています。

フィジカルコンタクトがないため、体力的な衰えを実感するのは

サッカーや野球などに比べればはるかに遅いはずなので「経験」を重ねた、

ベテランのアドバンテージは計り知れないというのが一昔前までの考え方でした。

アプローチが武器の藤田がグリーンエッジからのアプローチに

パターを多用していたことがあります。小技の名手にしては珍しいクラブ選択と思いますが、

藤田は「先週チャックリのミスを3回もやってしまって、

プロになってからはあまり記憶にないミスだったので、

グリーン周りのアプローチに若干の不安要素があるんです。

芝が薄いのでパターで転がした方が確実。

パターで打てるライでもあったんでね」と、語っていました。

スタート前の練習で解決していたとしても、心の中に引っかかるものは残ります。

「失敗の記憶」はなかなか消えてくれないのです。

普段なら決して難しくないショットだとしても、

「失敗の記憶」が頭を過ぎると、知らず知らずのうちに「怖さ」で身も心もすくむものです。

技術は若い選手に負けないベテランであるほど、積み重なった「失敗の記憶」も数多く、

それに対応して克服するすべを持たない限り、ツアーで生き残っていけません。

「失敗の記憶」の方が、成功したことよりより鮮明に覚えているのも事実です。

「怖いものを知った上での強さ」を身につけた藤田は

「怖さを消すには技術的に絶対に揺るがないものを身につけるしかない。

自分はそうしないと克服できない」と語っていますが、

練習に裏打ちされた「自信」しか通用しないということになります。

 

倉本昌弘は、「40歳を過ぎて、ようやく力まずに、風のように滑らかに打って、

それでも飛距離が出るというスイングができるようになった」と語っています。

藤田やジャンボのように、40歳を過ぎてからの優勝回数が、

それ以前よりも多いという選手もいます。

技術とか飛距離とかのほかに、若いときとは違う知恵と、

その知恵を生かす「ゴルフ脳」が備わってくるのでしょう。

中嶋常幸は「三井住友VISA太平洋マスターズ」を52歳と23日目で優勝した際に

「今、ゴルフがこんなに楽しいものだったのかって思えるんですよ」と、

インタビューのときに本当に嬉しそうに語っていました。

ゴルフの英才教育を父親から受け、高校を中退してゴルフに明け暮れ、

19歳で「日本アマ」を制しています。青木功、尾崎将司、

そして中嶋のAON時代を築いたのは'80年代初頭でしたが、

33回出場した世界4大メジャー大会で「マスターズ」「全英オープン」で8位、

「全米オープン」9位、「全米プロ」3位とすべてでトップ10入りした唯一のプレーヤーです。

20代は「勝ちたい、勝ちたい」だけの、30代は「トップになりたい」だけの

ゴルフだったとも語っていますが、JPGAツアーで48勝を挙げ、4度の賞金王に輝いています。

 

語り草になっているエピソードは、1978年「セントアンドリュース・オールドコース」で

行われた「第107回全英オープン」の3日目に起こりました。

優勝争いで迎えた17番パー4の第3打のバーディパットは、

カップをオーバーして「ロード・バンカー」に転がり込んでしまいます。

そこから脱出に4打かかり、このホール9打を叩き優勝のチャンスを逃したことは有名です。

「ゴルフがこんなにも残酷なスポーツだとは思わなかった。

野球なら代打もあるのに、あの突き刺さるような視線のなかで、

出なくても、出なくても、最後まで自分でホールアウトしなければならないんだ」と、

苦しかった経験を振り返っていますが、このバンカーは中嶋の愛称“トミー”をとって

「トミーズ・バンカー」と呼ばれています。

その中嶋が40代の時には「親父が死んで、僕自身も勝てなくなった年代。

そのときは、もがいて、もがいて、もがき切った後に、ふと何かが見えた感じだったかな。

長く苦しい時期を味わうってことは、生きるための大きな武器になるね」と、

苦しんだ先に見えるものを語っています。

中嶋は50代になって「ゴルフゲームの真髄」である

「ゲームを楽しむ」という境地にたどり着いたのでしょう。

「最後まで諦めずに自分のゲーム楽しめば、自然とスコアに結びつく」と言葉からは、

心のゆとりさえ感じられますが、シニアになってからも優勝を重ね、

アマ・プロ・シニアを含めた「日本」が冠タイトルにつく

公式戦をすべて優勝するという「7冠」を達成しています。

「中年の星と呼ばれたい」という中嶋ですが、

90年代に1日の練習量を聞かれたキャディが「大体3,000球くらいでしょうか」と答えると

「数えられるうちは練習とは言わない」と答えています。

当時から群を抜く練習量で有名でしたが、

まさに「練習はうそをつかない」を実践したプロゴルファーということになります。

若手は「成功体験」を武器に、ベテランは「ゴルフ脳」を武器に戦いに挑むのです。

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