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打ちっぱなし(内輪話)

東京オリンピックの準備 12月1日号

「三井住友VISA・太平洋マスターズ」の最終日は、

谷原秀人が3日目に奪った単独首位の座を守りきり、

2010年「VanaH杯KBCオーガスタゴルフトーナメント」以来となる

3シーズンぶりの勝利を飾りました。

「マスターズ」並のスピードに仕上がったグリーンでしたが、

平均パット率トップの自信からか、無理をせず2パット狙いのゴルフで

1バーディ・2ボギーの「73」とスコアを落としたのですが、

2位の石川遼、近藤共弘、川村昌弘を1打差で振り切り、通算10勝目をマークしました。

 

前半3番パー5でバーディを先行させながらも、

その後はチャンスを活かせずパーを並べ、

2打差の2位から出た同組の川村には6番のパー5で並ばれ、石川にも迫られる展開でした。

15番からの2連続3パットによるボギーで、中盤に後退していた川村との差は再び1ストロークに。

しかし上位陣がことごとくグリーンを外すという難ホール17番パー3では

「風のジャッジが難しかった。距離感が最後までつかめなかった」と振り返っていますが

ショットの好調さを生かし最終組でただ一人パーオン。

そして最終18番は右のセミラフから残り209ヤードの第2打で、

池を避けグリーン左の安全なエリアに運ぶ選択をしました。

「風がフォローだったので、上の段には行かせたくない。攻めるところでもないし、

100%いいところに打てた」。我慢を重ねた末の、最も緊迫した逃げ切りの場面で、

計算通りにスコアをまとめたのです。

 

3年越しの通算10勝目でしたが、若くして一時代を築いた35歳にとっては、

時間のかかった節目の勝ち星でした。

谷原は2004年末に2度目の挑戦でPGAツアーQTを勝ち上がり

2005年に参戦したのですが、腱鞘炎との戦いとなりシーズン終了を待たずに帰国しています。

それまでは練習嫌いを公言していましたが、猛練習を重ね

2006年の「JCBクラシック仙台」で復活の3勝目を挙げています。

2006年の「全英オープン」では、タイガー、S・ガルシア、E・エスルとの優勝争いを演じ、

最終的には5位タイに入りました。

その後も勝ち星を上げていたのですが3年前に発症した肩痛は深刻でした。

 

もともと鋭い肩の使い方が、谷原のスイングの特徴でしたが

「自分の納得いくショットができていなかった。飛距離も落ちた」と

肩をかばうスイングに苦しんだ様です。

しかし「グリーンに乗らないから、逆にリカバリーはうまくなった」と語るように、

昨年、そして今年も平均パット部門で全選手中トップの数字を残しています。

「ティショット、アイアンがある程度真っ直ぐ飛べば、という自信があった」と、

自身のスタイルを見つけた結果が出ましたが、鋭く柔らかい肩の回転が戻ってきました。

「これで自信をつけて、昔のように2、3勝できるようになっていきたい」と、

晴れやかな優勝インタビューでした。

 

首位と5打差の4位から逆転を狙った石川は5バーディ、2ボギーの69で回り、

入れば首位に並ぶ6メートルのイーグルパットは、カップ左に外れ、

通算12アンダーと1打及ばず2位で、大会連覇&ツアー通算11勝目は叶いませんでした。

2日目は2度の池ポチャ、3日目は浅瀬で跳ねて池を逃れたものの、

過去何度もドラマを作ってきた18番でスコアを伸ばせなかったのが響きました。

首位の谷原と5打差の4位からスタート。1、3、6、11番とバーディを重ね、

2打差まで迫って終盤に入った段階では「メークドラマ」の予感を抱かせました。

しかし14番パー4で1,5メートルのパーパットをミスし、その後もバーディを決められず、

17番228ヤード・パー3は4Iでの第1打をグリーン右に外してボギーと追い上げに失敗しました。

「低い球で手前から転がそうとして、スイングが守りに入った」と、

そこからのアプローチは下り傾斜で大きくオーバーしてボギー。

イーグルを狙い攻めた18番については「18番はマネジメント通りで、

イーグルパットを打つことができたまではよかったのですが」と、

終わってみれば1打差だっただけに「悔いの残るラウンドになった」と語りました。

 

グリーンの速さを示すスティンプメーターは13,75フィートという超高速グリーンと、

めまぐるしく変わる風に苦しんだラウンドでしたが

「14番は一番速いラインと分かっていたのに、タッチを合わせられなかった。

18番は見た目より左に切れた。何回もやっているグリーンなのに、何で読めないのかな」と、

過去2勝、プロ転向後はすべて8位以内と得意なコースで優勝という結果はでませんでした。

V争いに加わり続けた4日間を終えて「ティショット、アイアン、アプローチ、

パットともよくなっている。来週以降も楽しみ」と、21日からの

「ワールドカップゴルフ」以降の活躍も期待できそうです。

 

「ワールドカップゴルフ」は、72ホールの個人戦と、

2人の合計ストロークで争う国別対抗戦で、

日本代表としては今大会優勝の谷原と組み「日本代表」として戦いますが、

谷原は 「1、2フィニッシュできたので、これ以上ない仕上がりだと思う。

2人でがんばりたいです」と語っていました。

「ワールドカップゴルフ」はゴルフを通じた世界各国の善隣友好を願った

カナダ人実業家ジョン・ジェイ・ホプキンスの提唱により

国際ゴルフ協会が1953年にカナダ・モントリオールの

「ビーコンスフィールド・カントリークラブ」で開催したのが始まりで、

「カナダ・カップ」(Canada Cup)と呼ばれていました。

 

1955年の第3回から開催地はカナダを離れ

1956年の第4回には林由郎と石井迪夫プロのコンビが日本代表として初参加し、

団体で4位を獲得しています。その活躍により翌1957年の日本招致が実現しています。

第5回は、霞ヶ関カンツリー倶楽部で開催されましたが、

日本で初めてのゴルフの国際イベントでした。

この大会で小野光一と中村寅吉プロのチームが団体初優勝、

「寅さん」の愛称で親しまれ、樋口久子や安田春男の師匠でもあった中村先生が個人優勝を飾り、

日本の人々にゴルフを紹介する大きなきっかけとなった大会でした。

1967年に「ワールドカップ」と名称を変更し、

1993年に「ワールドカップ・オブ・ゴルフ」となりスポンサー名を冠に開催されています。

2000年から2006年までは、「WGC・世界ゴルフ選手権シリーズ」として開催されていました。

「WGC」編入期間中は各チームの順位に応じた賞金を2人で半額ずつ分ける分配方法でしたが、

その金額は賞金ランキングに加算されませんでした。

その後、PGAツアーの主張に基づき米国外で開催される

2007年開催以降の本大会は「WGC」シリーズから除外されています。

 

「ワールドカップ・オブ・ゴルフ」のこれまでの歴代優勝回数は、

米国が23度と圧倒的な強さを誇ります。

続いて南アフリカの5度、スペイン、オーストラリアの4度ですが、

日本チームは1957年と2002年の2度の優勝があります。2

001年11月に「日本ゴルフ100年祭」のイベントとして

「EMCワールドカップ」が「太平洋クラブ御殿場コース」に誘致されました。

1901年に日本で最古のゴルフ場として「六甲コース」が建造されてから

100周年の記念行事が多数開催されたのですが、米国代表として

世界ランキング1位のタイガー・ウッズと同3位のデビッド・デュバルが参戦しています。

 

米国チームはプレーオフで敗れ大会3連覇を逃したのですが、

最終日の18番ホールで首位に並ぶタイガーの「ミラクル・チップイン・イーグル」は

強烈な印象を残し、語り草になっています。

4チームのプレーオフになり、アーニー・エルスとレティーフ・グーセンのコンビによる

南アフリカチームが優勝しましたが、日本チームの伊沢利光と丸山茂樹のコンビは

11位に終わっています。しかし日本開催の翌年にあたる2002年、

伊沢と丸山のコンビがメキシコ開催の大会で

日本チームに45年ぶり2度目の優勝をもたらしています。

日本が首位で迎えた最終日は、3日目に57をマークして

一気に浮上してきた米国との一騎打ちとなりました。

 

日本は前半4つスコアを伸ばしますが、米国も1イーグル4バーディで

日本に1打差に迫っていました。最初のドラマは13番パー4で起こりました。

丸山のセカンドショットはグリーンオーバーのバンカー。

伊沢のリカバリーもグリーンを転げ落ち、結局このホールはダブルボギーと逆転を許します。

米国は16番パー4でもスコアを伸ばし、2打差となった日本チームは

窮地に追い込まれる展開でした。しかし、16番パー4、17番パー3と続けてバーディを奪取し、

再び首位と並んだ日本に対し、18番パー4で今度は米国に悪夢が訪れました。

フィル・ミケルソンのティショットは右ラフにつかまり、

「フェースを開いて、左にだけは行かないように打ったんだけど」という

デビット・トムスのセカンドショットは、無惨にもグリーン左のハザードへ打ち込み、

米国は土壇場でまさかのダブルボギー。


最終組の日本チームは「セカンドショットを打つ前に、

米国がダブルボギーを打ったとギャラリーから聞いた」と、

18番のグリーンに上がってくる際にボードで米国のスコアを確認して、

早くも優勝を確信して大きく手を挙げたのです。

丸山は「ワールドカップはサッカーだけじゃない。

日本選手、日本ツアーへの見方が変わると思うし、

僕たちみたいに世界で活躍したいと思ってくれる子供たちが、

どんどん増えることを願っています」と優勝のコメントを出していますが、

現在活躍している若手プレーヤーに大きな影響を与えたことは間違いありません。

今大会からは「ISPSハンダ」がタイトルスポンサーとなり

「ISPS HANDA World Cup of Golf」という名称となりました。

「ISPS」会長である半田晴久氏は、1988年に日本に初めて

ブラインドゴルフ(視覚障害者によるゴルフ)を紹介した

「日本のブラインドゴルフの父」として知られています。

ブラインドゴルフは、ベトナム戦争における米国傷痍軍人の

メンタル・リカバリーのために始まったもので、現在では、

英語圏を中心に世界的に活動が広がっています。

国際スポーツ振興協会「ISPS」のコンセプトは

「スポーツには、希望を生み出し、人々を動かして社会を変革する力があり、

人々を団結させ、世界中の地域社会に一体感をもたらし平和に役立つ」とし、

ジュニアをはじめ男女シニアの大会を数多く開催しています。

「ISPS」の活動は次世代のゴルファーだけではなく、

さらに大きな広がりを見せそうです。

今大会は「ブラジル五輪」のフォーマットに準じており、

「東京五輪」に向けた準備が、すでに始まっているのです。

池田の復活と石川の活躍 11月15日号

池田勇太が「マイナビABCチャンピオンシップ」でツアー通算11勝目を挙げました。

15番までに6バーディを奪い2位のSK・ホに2打のリードを奪ったのですが、

上がりの3ホールから産みの苦しみが始まりました。

16番パー3はティショットを左に曲げてバンカー越えの

難しいアプローチからなんとかパーセーブ。

しかし17番パー42打目を左ガードバンカーに入れ、

不運にも足跡にはまりスピンがかけにくく下りという3打目を

グリーンに乗せられずにボギー。

18番パー5は、ファーストカットからの2打目を

「ボールが浮いていてフェースの上っ面に当たってしまった」と、

距離が出ずにグリーン手前の池へ打ち込んでしまいプレーオフへ。

「逆に吹っ切れた」と語るプレーオフ1ホール目は、

ティショットがフェアウエーバンカーの縁に刺さり、

バンカー内に出すだけという不運に見舞われたSK・ホに対して、

会心のティショットでフェアウエーをとらえ、ディボット跡にはまりながらも2オンに成功し、

バーディで今シーズン初勝利を決めたのです。

今シーズンは成績が上がらず、感情が高まり

すぐには言葉が見つからないインタビューでしたが

「こんなしびれる試合はなかったです。本当苦しかった。

今年勝てないと思っていた中で、チャンスが巡ってきたのが苦手な大会。

自分としても不安だっただけに、本当にうれしいです」と

男泣きのインタビューが池田の苦悩の大きさを表していました。

開催コースのABCGCは、14フィートを超えるメジャー級の速さの出るグリーンで、

池田のイメージは合わずに「苦手で嫌いなコース」と語っていました。

強めのタッチが信条の池田にとっては、短いパットでも

イメージを合わせるのに苦労したようです。

高速グリーン対策としてピン型の「転がりの悪い」パターを投入し、

スタートから霧がかっていた最終日は「暗いとグリーンが黒く見える。

キャップをかぶるとさらに黒く見えてしまう。

グリーンが黒く見えると強く打つイメージになってしまうので、

なるべく明るく見えるように、スポンサーさんには申し訳ありませんでしたが、

キャップ類は取りました」と、苦手克服の準備を整え、

4日間の平均パット数3位で優勝を手繰り寄せたのです。

今年の池田は志願して選手会長に就任し、打ち合わせ会議やスポンサーへの挨拶回り、

イベントなどに積極的に参加し、プロゴルファーとしての時間を削られていました。

また、5月には背中を痛めてまともにゴルフができない時期もあり

「いろいろな流れで勝てないのかもと思ったけどね。

選手会長がしんどくないといったら嘘になる。

でもやるといったら、やるのが俺の流儀だから。

選手会長をやっていることでいい訳はしたくないけど、

この優勝はちゃんとやってきたご褒美かもしれないですね。

もう1勝ぐらいしたら選手としても輝けるかもね」と、これからの活躍にも期待が持てます。

苦手な大会のため遠征前には「2日分のウエアでいいよ」と決して好調ではなく、

最終日はいつもの勝負色の紫ではありませんでしたが

「男子ツアーは厳しい現状ではあります。男子ゴルフ界を盛り上げるために

いろいろ考えないといけない。最低でも3年はやらないとね」と、

リーダーとして男子ツアーを牽引する意気込みを語っています。

 

「自分が結果を残すことで、これから会長をやる人間に見本を示したい」と、

選手会長としては前例のない頻度で、大会翌日の月曜日や火曜日に、

大会スポンサーやJGTOのミーティングに出席している様で

会議では国内男子トーナメントの現状を自らプレゼンし、

社会貢献イベントなども先頭に立って立案し、実行しています。

最年少の27歳で選手会長に就任した今年1月に

「選手としての結果も会長としての仕事も両立させる」と

断言していましたがJGTO設立から14年間、

選手会長在任中に優勝を果たした選手が

01年の片山晋呉と08年の宮本勝昌しかいないことからも分かるように大変な仕事です。

大会前の賞金ランキングは42位で、このままでは30位以内に限られる

最終戦への出場も難しい状況と、様々な苦難を乗り越える見事な優勝でした。

 

石川は念願のPGAツアー参戦でしたが不調に悩み、

下部ツアーとの入れ替え戦まで経験したのですが、

技術とともに精神面でも大きく成長を遂げている様です。

アマチュアで国内ツアーを制してから、順調にステップを上がって来た石川は、

「中学生の頃以来」という「まず予選通過」という戦いに苦しみました。

そこから這い上がってくる過程で、くじけない心や、

冷静で客観的に自身のプレーを見られる様になっています。

ドライバーを中心に攻め切るゴルフから、何手も先を読みながらのプレーを披露し、

今シーズンの戦いも大いに楽しみです。

 

石川の好調の背景には、開幕戦で3位に入った松山英樹との

ライバル関係が大きく影響を与えたように思います。

夏場から米ツアーでともに練習ラウンドを回る機会があり、

松山が体調不良で棄権したトーナメントでも、

大会前に一緒にコースを下見して戦略などを話し合い

「自分もこいつみたいに強くならないといけないと思わされた」と、

同学年の仲間から刺激を受け、負けていられないという気持ちが、

第2戦での好結果につながったのでしょう。

 

笑顔を作ることもできないほど苦しみ、それでも自分の努力を信じ

繰り返された強気の発言は「不甲斐ない成績なのに、わかってない」とか

「言い訳をしている」と切り捨てられ、注目度を煽るがための報道や、

辛辣なバッシングに惑わされ、群れとなり評論家気取りで

ストレス発散材料としてインターネットに投稿を繰り返していたゴルフファン?に

「何故そこまで石川を庇うのですか?」と、よく言われたのですが、

石川のファンとかではなく、海外に出て努力を惜しまないプロゴルファーが皆好きなだけです。

 

開幕戦の「フライズコム・オープン」では最終的に21位でしたが、

第3日終了時では7位と健闘。2戦目の「シュライナーズホスピタルオープン」では、

米自己最高タイの2位と、来季シードを左右するフェデックスポイントも

2試合で293点を獲得。「目標のポイントを稼げた」と語っています。

「ドライバーがいい状態。いい場所に運べるからいいリズムが作れる。

だから、ショートアイアンでピン近くに寄せることができる」と自己分析していますが、

以前の様に振り回して攻めたドライバーではなく、

ポジショニングを第一に考えるプレースタイルが着実に身に付いているようです。

「一番大きいのは慣れ。移動も、ホテル暮らしも、アメリカの文化にも慣れた。

次は体。腰が良くなって、満足できる練習がこなせる。

その次にゴルフの状態です」と自信を取り戻しつつあるようですが、

石川の経験は松山にもプラスになるでしょう。

 

石川が不調のどん底にいた頃、日本では完全に松山フィーバーでした。

確かに実力ある選手で、石川より上にいく予感もありました。

しかしプレースタイルは石川とは正反対な印象でした。

松山は正確なショットでトラブル無くプレーを進めて、しっかりとスコアを出して来ます。

石川が一番勢いのあった頃は、トラブルショットを

「ミラクルショット」でバーディと、何か神がかったプレーで観客を魅了してきました。

まさに見せるゴルフで、ゴルフをしない人でも引きつける力を持っていましたが、

松山は地味とゆうか、新人としては怖いほど安定しすぎてトラブルが少なく、

ミスをしてもスコアに影響が出にくいのが強みです。

「ミラクルの石川」が「実力の石川」にプレースタイルを変えつつありますが、

最近の試合では、何度も「あのパットが入っていれば」という、

流れに乗り切れない場面がありました。

「ミラクルパット」を決めてギャラリーを湧かせるゴルフも思い出して欲しいですが、

石川はさらに上を目指す為に、自分に厳しく環境を変えてチャレンジをしています。

必ず結果は出ると信じて、今までに無い力を身に付けて再起しようと戦ってきたはずです。

変える事は、精神的には非常に辛いし、痛み、苦しみをともないますが、

やらずに後悔するより、失敗を恐れずこれからも新しい事に挑戦してほしいですね。

 

東京オリンピック開催決定の流れなのか、日の丸を意識しているのか

石川の最終日のウエアは赤・白が多いように思います。

「自分が日本のゴルフを引っ張って、東京オリンピックで必ず金を取る」と目標を持ち、

日本のトッププレーヤーとしての自覚持ち続けて欲しいですね。

海外にいるからこそ「東京オリンピック決定」は、より感動したのではないでしょうか。

多くの「経験」は確実に石川を強くしていますが、徐々に結果に現れると思います。

PGAツアー、そしてメジャーでの優勝「東京オリンピック」の金メダルと、

子供達や多くの選手、人々に大きな感動を与えられるポジションに、再び立ったように思います。

 

4月のプロ転向以来、国内10試合、海外9試合と戦って来た松山ですが、

スタート直前に胃炎による体調不良のため欠場した

「シュライナーズホスピタルforチルドレンオープン」以来、

万全の体調を取り戻していません。

その試合で2位に入って石川に対しては「休んだところであれだけ活躍されると悔しいし、

自分も頑張ろうという刺激をもらった」と語っています。

CIMBクラシック」では、最終日に「74」とスコアを崩し25位タイでホールアウトしましたが、

松山が米ツアーの大会で、最終日をオーバーパーとしたのは、

12年4月の「マスターズ」以来で背中の痛みから、

苦痛に歯を食いしばる痛々しい姿も見せていました。

 

WGC HSBCチャンピオンズ」の2日目も、

先週から痛めている背中の状態がプレー不可能と判断。

スタート前に大会本部へ棄権を申し出ています。長引くと、

深刻な故障にもつながりかねない箇所ですが、連戦の疲れが蓄積しているのでしょう。

 

石川の「WGC HSBCチャンピオンズ」は、

初日に1バーディ・7ボギー・1トリプルボギーの「81」の75位タイと大きく出遅れたのですが

3日目に4バーディ、1ボギーの「69」をマークすると、

最終日も「69」をマークし「日に日にスイングの状態はよくなってきた。

ワールドクラスのコースでこの3日間は悪くないプレーができた。

あとは自信をつけて、ピンを攻めていけるように」と語っていましたが、

最終Rのフェアウエーキープ率80,4%は全体1位。パーオン率81,9%も同2位でした。

半年ぶりの国内ツアー参戦ですが年内は国内3試合に出場を予定しています

「日本シリーズに出たい。目標はそこ。3試合とも優勝争いに絡みたい」と

意気込みを語っています。

HEIWAPGM CHAMPIONSHIP in 霞ヶ浦」、

「三井住友VISA太平洋マスターズ」と日本ツアーに参戦。

その後はオーストラリアでの「ワールドカップ」に日本代表として出場しますが、

近いうちに実現するはずの松山との「日本代表」に期待がもてます。

 

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