Sammy's Golf Studio
LinkContact Us |  
HOME
SHOP
FITTING
GOLF GOODS
GOLF COURSE
BLOG
Sammy's Golf Studio - Kankokutei
最近の記事
■8月1日 ルール変更
■7月15日 ホスピタリティ
■7月1日 P・ミケルソンの奇行
■6月15日 本番力
■6月1日 ツアーの今後
■小平PGAツアー優勝 5月1日
■マスターズウイーク 4月15日
■ルール変更 4月1日
■ベースボールグリップ 3月15日
■3月1日コラム

アーカイブ
■November 2018 (5)
■May 2018 (4)
■March 2018 (2)
■February 2018 (4)
■November 2017 (2)
■October 2017 (2)
■September 2017 (1)
■August 2017 (1)
■February 2016 (1)
■December 2015 (4)
■September 2015 (2)
■July 2015 (1)
■June 2015 (1)
■May 2015 (1)
■February 2015 (5)
■November 2014 (1)
■October 2014 (2)
■September 2014 (2)
■August 2014 (2)
■July 2014 (2)
■June 2014 (1)
■May 2014 (3)
■April 2014 (1)
■March 2014 (3)
■February 2014 (1)
■January 2014 (2)
■December 2013 (2)
■November 2013 (2)
■October 2013 (3)
■September 2013 (1)
■August 2013 (2)
■July 2013 (2)
■June 2013 (3)
■May 2013 (2)
■April 2013 (1)
■March 2013 (3)
■February 2013 (1)
■January 2013 (3)
■December 2012 (1)
■November 2012 (2)
■October 2012 (2)
■September 2012 (3)
■August 2012 (2)
■July 2012 (2)
■June 2012 (2)
■May 2012 (2)
■April 2012 (1)
■March 2012 (1)
■February 2012 (2)
■January 2012 (2)
■December 2011 (2)
■November 2011 (3)
■October 2011 (2)
■September 2011 (2)
■August 2011 (2)
■July 2011 (2)
■June 2011 (2)
■May 2011 (2)
■April 2011 (2)
■March 2011 (2)
■February 2011 (2)
■January 2011 (2)
■November 2010 (2)
■October 2010 (1)
■September 2010 (2)
■August 2010 (1)
■July 2010 (1)
■June 2010 (1)
■April 2010 (2)
■March 2010 (2)
■February 2010 (1)
■January 2010 (2)
■December 2009 (3)
■November 2009 (2)
■October 2009 (2)
■September 2009 (2)
■August 2009 (2)
■July 2009 (2)
■June 2009 (2)
■May 2009 (2)
■April 2009 (2)
■March 2009 (2)
■February 2009 (2)
■January 2009 (2)
■December 2008 (2)
■November 2008 (2)
■October 2008 (2)
■September 2008 (2)
■August 2008 (2)
■July 2008 (2)
■June 2008 (2)
■May 2008 (2)
■April 2008 (2)
■March 2008 (2)
■February 2008 (2)
■January 2008 (2)
■December 2007 (2)
■November 2007 (2)
■October 2007 (2)
■September 2007 (2)
■August 2007 (2)
■July 2007 (2)
■June 2007 (2)
■May 2007 (2)
■April 2007 (2)
■March 2007 (2)
■February 2007 (1)
■January 2007 (2)
■December 2006 (2)
■November 2006 (2)
■October 2006 (2)
■September 2006 (1)
■August 2006 (2)
■July 2006 (2)
■June 2006 (2)
■May 2006 (2)
■April 2006 (2)
■March 2006 (2)
■February 2006 (2)
■January 2006 (1)
■December 2005 (2)
■November 2005 (2)
■October 2005 (2)
■September 2005 (2)
■August 2005 (2)

image shop

SAMMY'S GOLF CO.,LTD.
Bangkok Studio
3FL, 593/13-14 Soi Sukhumvit 33/1, Sukhumvit Road., Klongtan-Nua, Wattana Bangkok 10110
MOBILE: 087-906-7272 (日本語)
FAX: 02-259-2662
URL: www.sammygolf.com
E-mail: sammy@sammygolf.com
Open: 12:00~20:00 (月曜定休)

打ちっぱなし(内輪話)

新しい旅立ち 1月1日2014年号

2013年度の全日程を終えた国内男子ツアーですが、

史上初の「ルーキー賞金王」に輝いた松山英樹は、全18部門のうち9部門で受賞。

特別賞を除く本賞17部門では史上最多となる9冠を達成し、

男子ゴルフ界の話題を独占した1年でした。

松山が受賞したのは、最優秀選手賞、賞金ランキング賞、Unisysポイントランキング賞、

最優秀新人賞 島田トロフィ、平均ストローク賞、パーキープ率賞、バーディ率賞、

サンドセーブ率賞、ゴルフ記者賞の9部門。

特別賞を除く本賞17部門中の9冠は、03年の伊沢利光(本賞8冠)、

09年の石川遼(本賞8冠+特別賞)をしのいで過去最多。

また、最優秀選手賞と最優秀新人賞 島田トロフィの同時受賞は「史上初」となりました。

 

受賞ラッシュとなった松山は「ここまで多く受賞できるとは思っていなかったので

素直に嬉しいです」と答え、記者から「どの賞、数字にこだわりがあるか」と問われると

「賞金ランキングです」と笑顔で答えていました。

新年に向けては「アメリカで早くシードを獲って、

シードを獲ればスケジュールも楽に考えられるようになる。

そうすれば、帰って日本で試合に出ることも考えられる」と

迎えるシーズンを語っています。

満身創痍の体のケアに努めているようですが

「左手はだいぶ腫れも引いたし、痛みも取れた。

でも、ゴルフをするには怖いので、怖いうちはやりたくない」と、

年内に出場を予定していた「Hitachi 3Tours Championship」

「ザ・ロイヤルトロフィ」の出場を見合わせました。

 

獲得賞金2億107万6781円は、加算対象の国内ツアー13試合、

海外メジャー3試合で積み上げたもので、16試合での2億円到達は史上最速となりました。

1試合あたりの今季獲得賞金1256万7298円は、

尾崎将司が1996年に記録した1233万2161円を抜いて歴代キングの中でトップと、

松山は紛れもなく「史上最強の賞金王」ということになります。

「賞金王」のタイトルに付与されるのは5年間のシード権ですが、

この権利により松山は向こう5年間、日本で一切試合に出なくとも、シード権が確保されるのです。

日本人初のメジャー制覇の可能性を石川と共に匂わせる逸材が、

その舞台で活躍する大きなチャンスを与えられたことになります。

 

松山は日本で賞金王、米国でツアーカード取得という2つの目標を達成しました。

しかし恵まれた身体が悲鳴を上げたことを考えれば、

両ツアーの掛け持ちがいかに困難なことなのかが分かります。

石川の苦闘を見ても「やはりアメリカは甘くない」と痛感させられた2013シーズンでした。

予選会システム、シーズンスケジュールの変更により、

米ツアーへの挑戦はより困難となり「PGA挑戦」を目指す選手には、

より一層の強い覚悟が必要ですが、韓国でも朴セリの活躍により

アメリカを目指すのが当たり前になったように、二人の活躍で多くの選手が

世界に旅立つ時代が来るといいですね。

 

松山の輝きだけに目を奪われて「スターを失った日本ツアーはお先真っ暗」と

結論付ける報道が目立ちますが、他の選手にも魅力的なプレーヤーはたくさんいます。

石川が登場する前に大きな期待が集まった谷原秀人は、

スイングに悩むあまり一時は「現役引退すら考えた」ということですが、

平均パット部門でツアー1位となり、3年間続いた未勝利から復活を果たし

「ワールドカップ」でも活躍をしました。コース内外で苦しんだ池田勇太は、

現役の選手会長として初めての「賞金王」を狙う1年になるでしょう。

 

松山、石川より2学年上、1989年生まれの薗田峻輔、藤本佳則、小平智も

そろって勝利を飾りましたが、新しくツアーを引っ張る存在として、

次の海外への挑戦者として大きな期待がかかります。

そして「最終兵器」とも言える宮里優作が悲願の初勝利を飾りました。

2013シーズンの最終戦「日本シリーズJTカップ」は宮里優作が

通算14アンダーの単独首位からスタートし、

アンダーパーがわずか5人という難コンディションの中を「71」でまとめ、

通算13アンダーで逃げ切り、3年間の複数年シードがかかった

「日本タイトル」で念願を達成したのです。

父・優コーチの教えを受け、沖縄で育った宮里3兄妹の中でも

アマチュア時代に突出した実績を残したのは優作でした。

日本ジュニア2勝(中学男子、15~17歳の部)、

日本アマを制覇しプロツアーでも2度2位に入る活躍を見せ、

日本学生3連覇を成し遂げた2002年末に

「鳴り物入りの大器」としてプロの世界に飛び込んだのです。

 

ところがそのルーキーイヤーとなった03年の秋。

妹の藍が「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」でアマチュア優勝を遂げ、

ブームの到来とともに、一躍時の人となったのです。

世間が認識する兄妹のポジションは「優作の妹」から、

いつしか「藍ちゃんのお兄ちゃん」に変わっていったのです。

さらに翌04年12月には長男・聖志が「アジア・ジャパン沖縄オープン」で

ツアー初勝利と先を越され「すごいショットを打つけれど、弱い」とか

「宮里兄妹の中で、勝ったことがない人」と、それが二男に浴びせられた辛辣な評価でした。

「カシオワールドオープン」で7位タイに入り、出場権を手にした最終戦でしたが、

最後の試練は東京よみうりカントリークラブの名物ホールで訪れました。

 

2位の呉阿順に3打差を付け、ダブルボギーでも逃げ切れる場面でしたが、

ティショットはアプローチが難しいグリーン左に外し、第2打のアプローチは低く飛び出し、

傾斜の強いグリーンに大きな弧を描きながら反対側のラフまで転がっていったのです。

右ラフからの第3打、ピンまでの距離は6ヤード。

「とにかく上りのラインから2パットが打ちたい」と、フワリと浮かせたボールは、

ピン上1メートルに着地し、そのまま急傾斜を下りそのままカップに吸い込まれ、

歓声と轟音が響き渡ったのです。

雄叫びを上げ、拳を振りおろし、プロ転向後11年目で初めて作った

「勝利のガッツポーズ」でしたが、すぐにその場に膝をつき

「あれが腰が抜けるという感じなんでしょう。足がもう一歩も出なかった」と、

喜びの涙は、その態勢のまま頬を伝ったのです。

日本が誇る逸材の待ちに待った初勝利の瞬間でした。

同門の後輩、池田勇太をはじめ藤本佳則、松山英樹らにどんどん先を越されたのですが、

誰もが日本有数のショトメーカーだと認めています。

最終日、最終組でプレーしたのは11年のキャリアで16度目。

いつしか、なかなかチャンスをモノにできない自分のことを

「僕は“練習場プロ”」と自虐的に言うようにさえなっていたのです。

 

優作は3年前から、妹を支えるメンタルコーチであるピア・ニールソン、

リン・マリオットに師事しています。藍は「私も結果が出るまでに3年かかった。

優作は1年かもしれないし、5年かかるかもしれない」と助言したといいます。

ラウンド中の風向きなどを「色」で捉え感情をコントロールしたり、

リーダーズボードを無視して、スコアを付けるのをキャディに任せたりと

「目の前の1打に集中する術」を身につけたといいます。

紗千恵夫人は「いろんなことに動じなくなったというか、

私は勝てなくても毎年シード選手としてプレーしてくれることだけでありがたかった。

本人は周りから何百回、何千回と『優勝』と言われているはず。

だから私は『優勝』という言葉は絶対に出さないように、

2人の間で『優勝』を話すことは無かったんです。

でも東海クラシックで『絶対優勝してくるから!』って初めて言って、

変わってきたのかなって」と、3年目の優作の変化を語っています。

 

藍は「兄妹の中で一番練習をする。10年くらい、腐らずに努力してきた。

努力は絶対に裏切らない。けれどタイミングは残念ながら自分では選べないんです。

でも、結果が出ないのに努力を積み重ねるのは本当に難しいこと。

プロとしてすごく尊敬する。自分と向き合う勇気を持っていて、

人としても、兄としても尊敬します」と,涙ながらに語っています。

優勝インタビューで優作は「いつも『藍ちゃんのお兄さん』と呼ばれていました。

でも今日は自分の名前を呼んでいただいた。それが力になりました」と、

声援を送り続けたファンに、感謝の言葉を述べました。

 

石川と松山の挑戦はすでに始まっていますが、

これまでPGAツアーに本格参戦した日本人選手たちの大半は

1年目でシード落ちして日本へ戻っています。

丸山茂樹は1年目に生き残った数少ないサバイバル組ですが

2年目に急降下することなく、3年目、4年目へ成績を積み上げました。

尾崎直道、田中秀道や、アメリカからスタートした今田竜二も1年目を乗り越えたプレーヤーです。

彼らはみな1年目を乗り越えたからこそ、PGAツアーにおける「その後」があったのです。

そして石川もその1年目を生き残りました。

 

2013年シーズンでの松山の活躍と石川の不振はとかく比較対象の的になりました。

6月の全米オープンで10位、続く全英オープンで6位に食い込んだ松山は、

そのまま米ツアー連戦に挑み、翌シーズンの出場権を猛スピードで獲得したのですが、

序盤から予選落ち続きで、ランキングでのシード落ちを喫した

石川の表情に「苦悩」が見て取れたのは紛れもない事実でした。

石川は「スポット参戦のときは、いい結果が出せたけど、

年間通してやると全然違う。慣れなんて関係ないと思っていたけど

、『何で? 何で?』って、上手くいかないことばかりで。

米ツアーの舞台や雰囲気に馴染むのに時間がかかった。

こっちで長くやることこそが大事だなと思った」と、1年目の苦闘を振り返っています。

 

フェデックスカップポイントを、いかに効率よく稼ぐか。

そのための肉体管理とスケジュール管理。試合の選定、練習時間と練習方法。

そして、厳しいサバイバル合戦を耐え抜くためのメンタル面のコントロールが

必要なことを思い知らされた石川の1年目でしたが「知らないことが多すぎた。

失敗体験、成功体験、どちらの絶対値も少なすぎた」とも語っています。

課題のパットは「前の年の暮れから完全に練習不足。

それで入らなくなったら精神的にエネルギーを使い、

悪い連鎖が起こっていった」と、腰痛の悪化で予選落ちが続く中

「休めば、抜かされると思った。試合に出ないことが怖かった」と、

肉体的にも精神的にもスケジュール的にも無理をし、

その無理が「悪い流れ」に石川を導いたのです。

 

松山は「アメリカ、絶対やりたいっすよ。でも、まず、

アメリカにちゃんと住むってことが大事っすよね」と語っていましたが、

予想を超える様々なことに遭遇した時に、一年目を経験した石川が支えになるでしょう。

米ツアーの舞台に踏みとどまることができるかどうかが試されるのが1年目です。

1年目が勝負ということは過去に挑戦した日本人プレーヤーが証明しています。

松山は強運の持ち主です。なぜならばアマチュアとして活躍していた時には

「石川の輝きの影の存在」としてマイペースを貫き、アメリカでの「勝負の1年目」は

それを乗り越えた石川と行動を共にできるのです。

3年の複数年シードを勝ち取り、輝きを取り戻した

「最終兵器」宮里優作も世界に挑戦する1年目になりそうに思います。

2014年も、よろしくお願いします。

賞金王争い 12月15日号

オーストラリアのロイヤルメルボルンGCで開催された「ISPSハンダ・ワールドカップ」ですが、

「日本代表」として初出場した石川遼は最終ラウンドに69をマークし、

通算3アンダーの5位タイでフィニッシュしました。

谷原秀人とのコンビで臨んだ合計ストロークを競う団体戦も、

通算5アンダーの3位タイと健闘しました。

我慢に我慢を続けた石川と谷原でしたが、

谷原が15番でピン左2メートルのバーディパットを沈めると、

直後に隣のグリーン、17番で石川が8メートルを決めてバーディを奪い

「自分たちはここまでやれるんだと思えた」と、団体戦の雰囲気を感じたようです。

 

石川は4日間の中で最も風の強かったこの最終日に

出だしの1番から4メートルを決めてバーディ発進を決め、

その後もチャンスに恵まれない中で3バーディ、1ボギーでしたが

「ずっと張りつめていると持たないコース。ショットに入る前にオフになっているスイッチを

パッと入れて、集中した」とメンタルコントロールがうまくできたことを語っています。

今年から同大会は世界ランキングポイントが加算されることもあり、

数字の面でも収穫があった「日本代表」としての初戦でした。

112年ぶりにオリンピックでのゴルフの競技方法が決まり、

さらに2020年の「東京五輪」開催も決まり、

ゴルフ界はどんどんその視線を「五輪」へ向けつつあるようです。

フィル・ミケルソンは「今、僕は2016年に向けて取り組んでいる。

オリンピック・アスリートになりたいんだ」と語り、話題になりました。

2016年には46歳になるP・ミケルソンが「リオ五輪」出場を目標にするという、

心意気と姿勢には頭が下がる思いですが、PGAツアーが中心になって

オリンピックのための舞台づくり、環境づくりを進められています。

そんな協力体制とその成果が、「ワールドカップ」でも見ることができました。

オリンピックにおけるフォーマットを意識して個人戦を主体にする

競技形式に変更されたのです。

世界ランクに基づいて選出された選手たちがチームとして、

ダブルスで競い合うのが今までの「ワールドカップ」でしたが、

今大会は72ホールの個人戦と、チーム2名のスコアを合算して競う

チーム戦も同時に行なわれました。賞金も個人戦には7ミリオン、

団体戦には1ミリオンという配分で、完全に個人戦に重点を置いた「オリンピック仕様」となりました。

 

開催コースにはPGAツアーのティム・フィンチェム会長も赴き、

オリンピックに対する熱い想いを世界へ向けて積極的にアピールしていました。

フィンチェム会長は「舞台づくりは、ほぼ順調に進んでいる」と太鼓判を押し

「リオ五輪はゴルフをオリンピックで復活させるためのファーストフットだ。

だからこそ、ファーストクラスの舞台づくりを心がけなければいけない。

なぜなら、2016年の後、ゴルフをオリンピック競技として

定着させるべきかどうかの投票が行われるからだ」と語っています。

つまり2016年「リオ五輪」での失敗は許されないということで、

100年以上ぶりに復活するゴルフを、未来の100年へつなげていけるかどうか。

その運命を左右することになるのが「リオ五輪」で、

国境を超えて「ゴルフを愛する心」を持つ、多くのゴルファーの支援が必要な様です。

 

最終ホールまでもつれた個人戦タイトル争いは、

首位から出た地元のジェイソン・デイが通算10アンダーとし、

トーマス・ビヨーンを2打差振り切って勝利を果たしました。

最終ホールでスコアを落としたT・ビヨーンは通算8アンダーで2位。

3位にはこの日5つスコアを伸ばしたアダム・スコットが通算7アンダーとして浮上し、

国別対抗戦では地の利を生かしたオーストラリアが2位のアメリカに10打差をつける大差で、

95年以来となる栄冠を手にしました。

J・デイにとっては5週間ぶりのトーナメント出場でした。

わずか2週間前にフィリピンを直撃した大型台風によって、

祖母を含む8人の親族を亡くしたばかりでの参戦でした。

 

30年前にフィリピンの被災した地域からオーストラリアに移住したJ・デイの母親は、

愛娘と共にロイヤルメルボルンの最終18番のグリーンで息子を迎えました。

「先週起きたこと(悲劇)に比べれば、この大会に出て優勝を目指すプレッシャーは、

容易なことでした。心からここでプレーしたい、と願って参加しただけに、

優勝できて良かったです」と心境を語っています。

J・デイが最後に優勝した大会は、2010年PGAツアーの

「HPバイロンネルソン選手権」ですが、

2011年以降、メジャー大会で4度のトップ5入りがあったものの、

J・デイは優勝のチャンスを逃してきました。

 

最終日に66をマークしたアダム・スコットは、3週連続の優勝を目指したのですが、

初日の12番で9を叩くなど75と出遅れ、追いかける苦しい展開となったのです。

最終日の最初のホールでいきなりイーグルスタートを切ったA・スコットは、

4月の「マスターズ」を制して以来、初めての地元凱旋で、

「オーストラリアPGA選手権」と「オーストラリアンマスターズ」を制覇しての参戦でした。

「ワールドカップ」で開催国が優勝するのは、南アフリカ・ケープタウンで行われた

1996年大会で、アーニー・エルスとウェイン・ウェストナーのペアが優勝して以来の快挙でした。

A・スコットは翌週にロイヤルシドニーで開催された「オーストラリアオープン」に

「年間3冠達成」に挑んだのですが、最終日にローリー・マキロイに逆転を許し2位に終わっています。

 

JLPGAの「賞金女王」は23歳の森田理香子が初戴冠を果たしました。

トータル3オーバーからスタートしたこの日は、1つスコアを落とし

トータル4オーバー12位でフィニッシュと、女王を争う横峯さくらが

トータル2オーバーの7位タイでホールアウトしたため、

ホールアウト後すぐに女王決定とはなりませんでしたが

「いろんなことを勉強できたし、賞金女王を獲れなかったとしても、

悔しいけど良かったという気持ちだった」と、やっとプレッシャーから開放された

素直な気持ちを語っていました。

「賞金女王」が確定すると「頭が真っ白で・・・。大変なこともあったけど

最後で嬉しいことができて苦しいことも忘れられると思う。

賞金女王になってこれからが勝負だと思う。それ以上の成績を残せるように努力します」と、

喜びを語りました。

師事する岡本綾子と築き上げてきた、力強さと美しさを兼ね備えたスイングは、

森田の魅力の1つで、他のプレーヤーとは一線を画す、スケールの大きさは来年も期待が持てます

 

横峯は「朝の練習場からフェードが打てていたので、良い感じだと思っていた。

今日は攻めるしかないという感じだったので」と、4番でバーディを先行させると

6番でもバーディを奪い、序盤から森田にプレッシャーをかけ見せ場を作りました。

その後7番、8番と連続ボギーを叩いたものの、14番、15番とバーディを奪い返して再浮上。

16番のボギーにもめげずに、17番ではセカンドをピン1メートルに絡めて

最後まで上位に喰らいついたのです。

しかし、最終18番では約8メートルのバーディパットが右に外れ事実上の終戦。

「1打足りないと思っていた」とふっ切れたような笑顔でホールアウトして

「賞金女王レース」での敗北を潔く認めています。

それでも、未勝利に終わった昨年から今季は年間4勝と見事なカムバックを果たし

「去年までの私だったら女王には手が届かないと思うし、本当に充実した1年でした。

メンタルコーチも帯同して技術だけじゃないと感じた一年だったし、

若い選手もたくさん出てくるのは素晴らしいことだと思うので、

私自身も頑張ります」と締めくくっています。

試合での順位やラウンド数をポイント換算して年間を通じての

総合的な活躍度を評価する「メルセデスベンツ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー・ランキング」では

1位を獲得していますが、若手の台頭もありJLPGAは来シーズンも楽しみです。

 

JPGAは、松山英樹が「カシオワールドオープン」で今季4勝目を飾り、

日本ツアー初となるルーキーイヤーでの「賞金王戴冠」を決めました。

10アンダーの単独首位から出た松山は、2打差の2位タイからスタートした池田勇太に、

前半はトップの座を譲ったものの、終盤16番から2連続ボギーを叩いた池田を再逆転。

4バーディ、2ボギーの70で通算12アンダーとして、

明徳義塾中高時代に慣れ親しんだ高知で、9月の「フジサンケイクラシック」以来となる

勝利をマークしました。

 

プロ1年目から積極的に海外へ出た松山の今季の出場試合を見ると、

米ツアーに行かないで、日本だけでやっていたらもっと簡単に[賞金王]になれたはずですが

「これがまた来年になればゼロになるし、1年1年の勝負。

日本ツアーでやっているものをしっかりと海外、メジャーに行ってもできるようにしたい。

それをやっていかないと勝てないので」と、一年を振り返っています。

史上初めてルーキーで賞金王を獲得し、来季の米ツアー本格参戦を前にした松山には、

いくつものスポンサー候補が名乗りを上げており、

今後はおそらく、ビジネスの世界に否応なく巻き込まれていくことになります。

 

石川は「新人で賞金王を獲るのは難しいどころじゃないです。

これから出るか、出ないかの話でしょう。僕は1年目で5位か6位でものすごいと言われましたけど、

むしろ1年目でシードを獲るのが難しいという舞台。

プロゴルファーが何千人、何万人いるという中でシードを獲れるのはひと握りなので、

1年目でシードを獲る、賞金王を獲るというのは、すごいというひと言で済まされることではない。

それだけ明らかに技術を持っている選手だと思う。

不思議なことではなく、ただそれが1年目だったというだけで」とライバルを評価しています。

 

タイトなスケジュールのためか怪我が続き「カシオワールドオープン」でも

左親指付け根の痛みを抱えながら「賞金王戴冠」を決めた松山は、

都内で精密検査を受け、「日本シリーズ」欠場を決断しました。

「だいぶ良くなっていると思うけれど、ゴルフができる状態ではない。

とりあえず休んでケアをするしかない」と静養と治療に努める意向です。

「ここが人生最後のゴルフになるのであれば、やったかもしれないけれど…

そんな状態で試合をやりたくないし、ちゃんと自分のものを出せるようにしたかった。

来年からのこともある」と全治2週間と診断されたのですが、

国内3大ツアー対抗戦「Hitachi 3Tours Championship」か、

アジア選抜の一員として石川、藤田と出場予定の「ザ・ロイヤルトロフィ」での

復帰の可能性を探っていくことになりました。

石川と松山のUSPGA本格参戦が1月の「ソニーオープンINハワイ」から始まります。

 

<< 1 >> 1ページ中1ページ目


| Home | Shop | Fitting | Golf Goods | Golf Course | Link | Blog | Contact Us |
(C)Sammy's Golf Co.,Ltd. All right reserved.