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Open: 12:00~20:00 (月曜定休)

打ちっぱなし(内輪話)

4人目のPGAツアー制覇 6月15日号

米ツアー本格参戦1年目の松山英樹が、

日本人4人目となる「PGAツアー制覇」を成し遂げました。

最終日は8バーディ3ボギー1ダブルボギーの「69」で

通算13アンダーとし、ケビン・ナとのプレーオフの末に、

第5のメジャーといわれる「ザ・メモリアルトーナメント」で

念願の「PGAツアー制覇」を果たしたのです。

首位と2打差でスタートした最終日、松山は1番でいきなり

1メートルにつけてバーディ奪取。

続く2番ではグリーン手前のバンカーからチップインバーディと

早々にスコアを伸ばすという良い展開でした。

 

続く3番では2.5メートルのパーパットがカップに蹴られますが、

直後の4番でカップ3個は切れる大きなフックラインを沈めて

すぐにバーディを取り返します。

「昨日の練習でちょっと掴んだものがあった」というパッティングで、

8番のパー3で下り6メートルのスライスラインを沈めて

この日5個目のバーディを奪う快進撃で、

前半9ホールを終えた時点ではB・ワトソンと並び、

A・スコットが1打差で追う展開となり、

勝負のバックナインへと突入したのです。

 

勝負が動いたのはB・ワトソンを1打リードして、

15アンダーの単独首位で迎えた16番パー3でした

「右から風が来ているのは分かっていたけど、

ミスショットで影響を受けてしまった」と、

池に打ち込んでダブルボギーと首位陥落。

「ダボを打ってもまだ1打差だったので、

気持ちは次のホールに向かっていった」という松山ですが、

続く17番でも3.5メートルのパーパットを外してボギーとし、

この2ホールで3つ落として12アンダーへと後退し、

勝利から見放された様な流れでした。

 

しかし最終組のB・ワトソンも15番でダブルボギーを叩いて

12アンダーとなり、首位には2時間前に

13アンダーでホールアウトしていたケビン・ナが浮上したのです。

プレーオフ進出にはバーディが必須という状況で、

松山の最終ホールのドライバーでのティショットは右へ、

しかしこのショットは風と傾斜に戻されて辛うじてフェアウェイ

「フェアウェイにあったので気持ちを切り替えられた」と、

ピンまで残り166ヤードで手にしたのは7Iでした。

ゴルフを始めてから最も練習してきた番手で、

大ギャラリーが取り巻く18番グリーンへ2打目を放ち、

ピンそば1.5メートルに突き刺し、難関ホールの18番で

4日連続となるバーディを奪い、

力強くガッツポーズを繰り返したのです。

プレーオフ進出を決めた松山でしたが、

18番のティショットが狙いより右に出たのを見て

ガックリとドライバーを地面に叩きつけた際に、

不運にも集音マイクを支える鉄の棒に当たって

シャフトが折れてしまいます。

「そんなに強く叩きつけたわけでもないのに、

予備がなかったのはちょっとあれだったけど、

3Wで行った方が試合の流れでいけると思った」と、

他のドライバーは入れず、13本のクラブで

決戦のティグラウンドに立つ選択をしました。

 

プレーオフ1ホール目の松山は3Wで右サイドのバンカーへ、

K・ナはドライバーで左のクリークに打ち込みます。

しかし松山は「練習ラウンドでアプローチ、パッティングが

うまかったので絶対にボギーでは上がってくる、パーを獲ろう」と

、5Iでグリーンを狙ったのですが、グリーン左のギャラリーの中へ

観戦していた女性ギャラリーの膝を直撃して、

手前の比較的容易なライへと跳ね返り、

松山はそこからパーが狙える位置に乗せたのです。

もし、ギャラリーに当たっていなければ、

難しいライからのアプローチが残っていたはずです。

 

その女性ギャラリーは、車で20分のオハイオ州最大の都市

コロンバスから観戦に訪れていたジーン・マリー・サデッカスさんで、

膝の下にくっきりとディンプルマークを残していましたが

「私は大丈夫。彼を助けられて良かったわ」と

にこやかに微笑んでいました。

 

表彰式を終えた松山は、サデッカスさんの元に歩み寄り

帽子にサインをしお詫びをして、最後は「勝利の女神」と

にっこり記念撮影に収まっていました。

「ウェイストマネジメント・フェニックスオープン、

先週のクラウンプラザ・インビテーショナルと

優勝するチャンスがあったのに出来ず、悔しい思いがあったので、

早く優勝できて嬉しい」と、喜んだ松山でしたが

「でも、この4日間納得できないプレーもあったので、

今日は今日のこととして忘れて、次の優勝に向けて頑張りたい」と、

気持ちは「全米オープン」や今後のメジャーへと向いている様でした。

 

最終日の松山はA・スコットとの組み合わせでした。

「クラウンプラザ・インビテーショナル」の直前に、

世界ランク1位となったA・スコットは

この大会に急遽参戦を決めたのですが、

昨年の「全英オープン」で練習ラウンドを共にし

「プレジデンツカップ」で3日間4マッチに渡ってペアを組んでから

お互いに連絡を取り合うようになり

「クラウンプラザ・インビテーショナル」では

「明日は最終組で一緒に回ろう」と誓い合い、

2人で優勝争いには加わったのですが、

最後に優勝カップを掲げたのはA・スコットでした。

「約束は果たせなかったけど、勝ったのは“僕ら”だったね」と

メールが送られていた様です。

そんな経緯があり、一週後に最終日同組での

優勝争いが実現したのです。

バックナインでA・スコットは戦線から脱落しましたが、

松山が16番でダブルボギーを叩いてピンチに陥ると

「次にバーディを獲ろう!レッツゴー!」と声をかけてきたといいます。

プレーオフ進出を決める18番バーディの後、

松山はA・スコットと、進藤キャディとS・ウィリアムスは

キャディ同士グリーン上でがっちりと握手し、

プレーオフも孤独な戦いではなかったといえます。

 

「帝王」J・ニクラスは松山について

「彼のプレーはずっと前から良いと思っていた。

昨年のプレジデンツカップの前の数試合、

彼がプレーするのを見たけど、彼はテンポがすごく良い。

それに、体のサイズが他の日本人選手よりも大きい。

ジャンボは大きかったし、青木も背は高かったけど、

強靱ではなかった。日本から来る選手はだいたいもう少し小さくて、

石川も彼より少し小さいね。

彼は、そのままでもプレーする能力があって、

飛距離を伸ばすこととか、筋力アップを図るような必要がない。

だから、彼のテンポはすごく良くて、冷静さがあり

とても落ち着いているね。今日、16番で池に入れた時、

すぐに全力でよりよいショットを打とうとしたのを見ただろう?

あれが、彼の今後について全てを物語っている。

彼のパッティングストロークはとてもスムーズだ。

それも22歳で出来ている。あれだけ良いストロークをして、

これだけのパットを決められるということは、

ストロークが良いだけでなく、必要な時に

両耳の間(頭脳)を使って、パットを決められるということだ。

彼のパッティングストロークは、長持ちするだろう」と、

評価しています。

 

先を越された感のある石川ですが

「練習ラウンドを毎週のように一緒に回っていて、

英樹から学ぶものがありました。技術は解説者ではないので

上手く伝えられませんが向上心が強い。

一方自分はここ半年でその場凌ぎの

スケールの小さいゴルフをしてしまいました。

無意識です。それを気づかせてくれたのは英樹です」と

強い刺激を受けてきたことを明かし、初勝利を称賛しています。

松山がPGAツアーの転戦に慣れてきたことが

「優勝」に繋がりましたが、行動を共にする石川の存在が

精神的な支えになったのは間違いありません。

二人ともPGAツアーでも勝てるポテンシャルを

持っていることは間違いなく、

石川も触発されて活躍することでしょう。

 

今回のプレーオフを逃すと、いろいろなプレッシャーが増して、

石川が超えることができずにいる「優勝」という厚い壁が

目の前に立ちはだかることになっていたかもしれません。

1勝したことによって、今後2年間の米ツアーの

「シード権」が保障されることになり、余裕を持って

自分のペースで試合に臨むことができます。

また試合への入り方、気持ちの持ち方が

これまでとは大きく違ってくるでしょう。

 

松山は「日本人が勝ったのは間違いなく4人目だと思うけど、

4人しかいないというのはPGAツアーでやる難しさだと思う」と、

語っていますが、日本人の初勝利は青木功プロでした。

31歳で初出場した1974年の「マスターズ」以来、

日本ツアーを拠点としながら積極的に海外参戦し始めた

青木プロは、78年に「世界マッチプレー選手権」で

海外初優勝し、「マッチプレーの鬼」ともいわれていました。

 

80年「全米オープン」ではJ・ニクラウスに

「オリエンタルマジック」と言わしめたパッティングで

「帝王」との4日間に渡る死闘の末に2位となり、

81年にPGAツアーのツアーカードを獲得したのです。

82年に賞金シードの獲得に成功し、臨んだ83年シーズン

初戦の「ハワイアンオープン」で、最終組でプレーしていた

青木プロは、18番パー5を首位タイ迎えました。

しかし前の組を回っていたジャック・レナーがバーディを奪い、

一足先に通算19アンダーの単独首位でホールアウト。

青木プロの2打目はミスショットで残り128ヤードの左ラフへ

「何とかバーディでプレーオフへ」日本のファンの誰もがそう願い、

J・レナーが笑を浮かべてスコアカードを提出しているその時に、

青木プロがラフから放った第3打はピン手前で1バウンドして、

そのままカップへと吸い込まれたのです。

 

劇的な逆転イーグルでの「PGAツアー日本人選手初優勝」の

快挙は、青木プロが両手を挙げて小躍りした

起死回生のショットで達成されたのですが、

キャディに勧められた9番アイアンをバッグに戻して、

自らピッチングウェッジを選択して放った1打でした。

 

2人目は「マルちゃん」として国内ツアーで

人気者となった丸山茂樹です。

PGAツアーにフル参戦し始めたのは30歳となった2000年でした。

翌01年の「グレーター・ミルウォーキーオープン」の

最終日に「66」と猛チャージをかけ、通算18アンダーで

チャーリー・ハウエルⅢ世と首位タイに並んでホールアウト。

プレーオフ1ホール目で勝利を収めています。

 

青木プロの初制覇から数えて、

実に18年後の日本勢2人目の勝利でした。

丸山はこの後、02年「ベライゾン・バイロンネルソン・クラシック」、

03年の「クライスラー・クラシック・オブ・グリーンズボロ」と

3勝を挙げ「パワーゴルフ」全盛の中、

技巧派の代表として存在感を発揮しました。

 

3人目は「マスターズ」に憧れ、14歳で単身渡米し

フロリダで腕を磨いた今田竜二でした。

学生時代は全米でも注目される活躍をしていましたが、

下部ツアーで5年間の下積み生活を経て

レギュラーツアーを主戦場としたのは29歳になる2005年からでした。

初優勝のチャンスをつかんだのは、ジョージア州アトランタ郊外の

TPCシュガーローフを会場とする「AT&Tクラシック」でした。

07年大会は2日目から首位を走ったのですが、

Z・ジョンソンに追いつかれてプレーオフとなり、

18番パー5で2打目をグリーン左手前の池に落として

惜しくも2位に終わっています。

翌08年大会は、3打差6位から出た最終日に5ストローク伸ばし

首位に立ってホールアウト。

 

K・ペリーとの2年連続のプレーオフで、

渡米以来苦節18年でついに悲願を叶えたのです。

過去の3人もスポット参戦ではなく、

米国に拠点を置いていたからこそ勝つことが出来たのです。

石川も松山に続くことで、次世代のスター候補生が、

宮里藍に憧れた若手選手たちが活躍する

日本女子プロゴルフ界の様に、数多く育つといいですね。

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